同じように、すり減ったクレヨンを見て。
 同じ長さにそろえられた、クレヨンを見て。
 ――あたしは、少し切なくなった。


 01.クレヨン


 「白色のクレヨンにまつわる話って、何かあった気がするわ」
 唐突なあたしの言葉に、葉は日記帳から顔を上げた。
 「白色のクレヨン?」
「ええ」
 何の話だ、そりゃ、と言いつつ、葉はまた日記帳に視線を戻した。
 「…何だったかしらね」
 思い出せないわ。
 「木乃が話してくれた気がするのだけど」
「ばあちゃんが?」
 オイラは聞いたことねぇなぁ、なんて呟きながら、葉の手は動き続けている。
 「それ、そのエニッキとか言うやつ、毎日書かなくちゃならないの?」
 あたしは葉の手元をのぞき込んだ。お世辞にもうまいとは言えない絵に、なんだかやけにシュミの悪い色合いね。
 「ん〜…まぁ夏休みの宿題だかんなぁ。一応書いとかなきゃならんだろ」
「ふーん」
 面倒くさそうね、ショウガッコウって。そうつぶやくあたしに、葉は少し寂しげに笑った。
 「おお、面倒くせぇぞ、学校は」
 含まれる意味を察して、あたしはことばに詰まった。そうね。あんたにとっては、面倒ね、すごく。
 「それより…」
 葉が手を止めて、あたしの方を見た。「何でお前がここにいるんだ?」
「お盆休みかしら」
「ふ〜ん」
 葉は、手にしていた青色のクレヨンを置いた。ころころと畳の上を転がって、あたしの元までやってくる。
 つまみあげて、眺めて。
 それをそっと、箱の中に収めた。
 ふと気づけば、箱の中のクレヨンはすべて同じ長さで。
 とても、葉らしいと思った。
 同時に、白色のクレヨンの話を思い出す。
 “白色のクレヨンは、使われずに長いまま――”
 ああ、でも、そんな話も、葉の前には通用しないわ。
 すべて平等に、すべて同じ長さに、同じ頻度で。
 あんたは、何かを捨てるコトなんてできない。何かを無視するなんてコト、できやしない。
 あんたらしいわ、すごく。
 だからあたしは切ないわ、少し。
 たまには、何色かに執着してみなさいよ。平等じゃなくて、何かに、狂ったように取り付いてみなさいよ。
 あたしはくやしくて、切なくて、あたしの好きな色のクレヨンを取り出すと、さっきまで葉が書いていた絵の上に、ざーっと色を塗りたくってやった。
 「ああっ、何するんよ、アンナ!」
 葉はあわててあたしを止めようとするけど、もう手遅れ。葉のカラフルだった絵日記は、あたしの一色に染まってしまっていた。
 「ああ〜何てことするんよ〜」
「フン」
「あっ! しかもめちゃめちゃ減っちまったじゃねーか、この色」
 あたしが使って、短くなってしまったクレヨンを手にとって、葉は情けない声をあげた。
 ちょっと、泣いてるんじゃないでしょうね、あんた。
 「あんたはそれくらいでいいのよ」
「はぁ?」
 葉があたしの方を振り返る。「どういう意味だ?」
「たまには、平等をやめなさいと言っているの」
「…!」
 驚いたような葉の顔。
 「平等なんて気にしすぎていたら、全体像がヘンになるわよ」
 あたしは髪を掻き上げ、立ち上がった。「じゃあね」
「あ、おい、アンナ…!」
 あたしは葉を無視して、ふすまを開けてさっさと部屋を出た。
 たまには執着してほしくて。
 たまには、あたしだけ見てほしくて。
 ――あたしはひとり、部屋を出た。

 その後、別に葉はあたしを追いかけてきたりなんかしなくて。
 あたしはそれでますますくやしくなったのだけど。
 無理をして忘れることにして、木乃の部屋でごろごろすることに決めた。
 それでもやっぱり気になって、その辺に浮かんでいた浮遊霊をとっつかまえて葉の様子を見に行かせた。どうやら葉は、あたしにめちゃくちゃにされた日記を書き直しているらしい。
 ――あたしより宿題が先ということね。いい度胸じゃないの。
 夕食の時に皆が集まった時も、あたしは何か言いたげな顔の葉と、目を合わせようとはしなかった。
 微妙にただようあたしの不機嫌なオーラに、麻倉の人間が気付かないはずもなく。
 呆れたような葉のばあさまと、困ったような葉のかあさま。おびえるじいさまとたまお。
 あたしはそのことに気付きながらも、黙々と夕食を食べ終えて、
「ごちそうさま」
と、さっさと部屋を出た。
 「おわっ、ご、ごちそうさま!」
 扉を閉めたとき、うしろであわてた声が聞こえた。
 「ちょっと、まだご飯残ってるわよ!」
 そんな声を聞きつつ廊下を歩き出すと、ばたばたとせわしい足音があたしのすぐうしろできこえた。
 「ちょ、ちょっと待てよ、アンナ」
 ――葉の声。
 あたしは振り返らずに、
「なに」
と低い声で言った。
 「うっ…。そ、その、オイラ見せたいもんがあるんよ」
 オイラの部屋来てくれねえか。
 その言葉に誘われるまま、あたしは葉のうしろについて葉の部屋に向かった。
 そんなに素直だったのは、葉があたしを追いかけてきたことが少し嬉しかったからなのかも知れない。
 ガラリと襖をあけて、葉はすたすたと部屋に入る。床に広がるノートを拾い上げた。
 「これ…」
 葉が、そのノートをあたしの方へ差し出す。
「書き直したんよ、日記」
「…そう」
 何? あたしに恨みごとでも言うつもりかしら。
 「見てくれよ」
「…?」
 よく分からないままに、あたしは日記帳を受け取る。今日の日付が入ったページは、あたしが塗りたくった色も消えて、確かに書き直されていた。
 あいだの紙が切り取られたあとがある。――そう、あの紙は引きちぎったってわけね。なかったことにするのね。
 「――で? これが何だというの?」
「うえっ!? や、だから…書き直したんよ」
「だから何だっていうのよ」
 あたしはますます不機嫌になる。何が言いたいのよ、あんた。
 「や、だから…。ちゃんと、見てみてくれよ」
 ちゃんと? 
 あたしはもう一度日記帳に視線を落とす。相変わらず、下手な絵に、色が…。
 「色…変えた?」
 あたしはふと気付いて、尋ねてみた。葉はにこりと笑った。「おお」
 本当、お世辞にもうまいとは言えない絵なのだけれど、色合いはずっとよくなっている。
 「オイラな、アンナに言われて気付いたんだ」
 葉はしゃがんで、クレヨンの箱を拾い上げた。
 「オイラは、全部の色使ってやらなきゃかわいそうだとか、そんなこと考えてたんよ」
 ええ。それがあんたよ。あんたが何かを切り捨てるようなことが出来ないの、あたしは知っている。
 「でもな、やっぱ違うんだ。その色が、いちばん似合う場所で使ってやらないと…ふさわしい場所で使ってやらないと、よけいにかわいそうなんだ」
 葉は、白いクレヨンを箱から取り出した。「無理して使ってやったって、そいつはちっとも嬉しくねぇよ」
「…そうかもね」
 あたしは葉の手の中の白いクレヨンを見つめた。――無理して使われても、嬉しくない…。
 「オイラ、とりあえず全部の色使おうとしてたから、あんなにスゲー色になってたんな」
 葉は軽く笑った。
 確かに、滑稽なほどにカラフルだった絵日記。
 でもそれはそれで、あんたらしかったのよ?
 「――で、書き直した結果がこれってわけね」
 あたしは日記帳をひらひらと振って見せた。
 確かに、あんたはまた大きくなった。平等をはき違えそうになるオトナたちより、よっぽど。
 けれど、あたしがほしいのはそんな答えじゃない。
 あんたは結局、みんなのことを考えるの。
 みんながどうすれば満足するか。
 形を変えても、結局あんたはそう。
 あたしは執着してほしいのに。
 無意識にでも、思わず手に取ってしまう色のクレヨンのように。
 「…アンナ?」
「なによ」
「オイラ、もうひとつ気付いたんだがな」
 今度はすごく言いにくそうな葉の顔。目線が泳いでいる。
 何なのよ、いったい。
 無言の圧力に気付いたのか、葉はおびえつつも口を開いた。
 「アンナ、この色好きじゃねーか」
 あたしが使ってひときわ短くなっているクレヨンを指さしたあと、ぽりぽりと頭を掻く。
 「それで、オイラの日記塗ったのって…」
 すごく言いにくそうな上に、頬まで赤くなっている。
 「なんだってのよ」
「そっ、その…オイラにかまって欲しかっ…たんかなぁ〜と…」
 「…あきれた」
「う、うえっ」
 おびえた表情。「やっぱ、オイラのうぬぼれか?」
「違うわよ。その通りだわ」
「すまん! …え?」
 何を勘違いしたのか、葉はあたしに謝ってから、意外な言葉に驚いたかのような顔をした。
 「その通り…って、え?」
「そうよ。あたしはあんたにかまって欲しいの。執着して欲しいのよ」
 あたしは素直に言った。
 そこまで気付いておきながら、どうしてあんたってそう最後のツメが甘いの?
 「そんじゃあ、オイラのうぬぼれじゃないんな?」
「…ええ」
「そっか」
 葉は赤くなりながら微笑んだ。本当に嬉しそうに。
 「はは…オイラめちゃくちゃ嬉しいや。変な感じだな」
 葉はぽりぽりと頭を掻いて、その拍子にクレヨンの箱を取り落とした。
 「あ…」
「なにやってんのよ、あんたは…」
 畳の上にクレヨンが転がる。
 無意識のうちに拾い上げるあたしの好きな色。
 ――あたしは執着しすぎかしら。
 葉の顔を見てみる。
 全て拾い上げたあと、あたしと目があって、葉は少し赤くなった。
 「なんか、笑っちまう話だけどな」
 葉は赤くなりながら言った。
 「オイラ、アンナの言ったこと、すげー考えちまった。オイラ考えるの苦手なのに・・・」
 また、照れて頭を掻く。
 「考えちまって、日記も、このままじゃだめだ、書き直そうとか思っちまったんよ…」
 めんどくせーのに。そう言って笑った。
 葉がポケットの中から紙切れを取り出す。
 あたしが、めちゃくちゃにしたページ。
 「コレ、捨てらんねぇや」
 葉はその紙を見て、微笑んだ。
 ――執着しすぎというのなら、もしかしたらあんたもそうなのかもね。
 あたしもうぬぼれではなく、そう思えるわ。
 あたしは嬉しくて、今日一日分の不機嫌も吹き飛んで。
 気付けば葉に抱きついていた。
 せっかく拾ったクレヨンが、また葉の手からバラバラと落ちていった。
 「…あとで、拾わなきゃね」
「――おお」
 あたしをぎゅっと抱きしめ返して、葉がそうつぶやいた。



2003.5.29







懺悔。

白色のクレヨンってのは…
使われないまま長い白色のクレヨンはバカにされ続けていたけど、
ある日持ち主が黒く塗りたくった紙に白色のクレヨンで絵を描いて、
白色クレヨンも使われるのよ、って話なんですが。
どこで聞いたのかも何の目的で聞かされた話なのかも分からず、変に頭の中に残っていた話です。

まだ若い夫婦ということで(11歳くらい)
遠距離恋愛真っ最中な感じ?(笑)
まだチューもしてないこと希望です。(え)
何にせよ、やっぱり旦那は泣かされてばかりだった、ということで。