早熟しすぎた子どもというならば、
 あたしはそうなのかもしれない。
 
 こんなの、自惚れではなく。
 

 04.マルボロ


 ――タバコのにおい。
 あたしはドアを開けようとして、そのにおいにふと手を止めた。
 思い直してドアを開けると、そこにはやはりタバコの吸い殻。

 学校のトイレでタバコをふかすなんて、中学生くらいかと思ってたけど。
 「高校にもいるのね」
 バカなヤツ。
 学校で吸って、バレたらどんなことになるか分からないわけでもないでしょうに。
 リスクを背負ってまで、今すぐにタバコをふかしたかったのかしら?
 学校自体がどうでもいいというのなら、通わなければいい。

 あたしはタバコのにおいにムッとして、ドアを閉めた。
 片づけるなんて面倒なことはしない。
 誰かに言いつけに行くなんてのもバカらしい。


 ――早熟を取り違える結果として、タバコというのは一番メジャーなのじゃないかしら。
 オトナの象徴をタバコと言いふらしたのは、どこかのメーカーだったかしら?
 あこがれの先にあるタバコ。
 それは子どもらしいとも言うべきね。
 オモチャをほしがる子どものよう。
 早熟の先に、何が横たわっているというの。


 「恐山さん」
 そう呼ばれて、振り向いた。
 振り向いた先には、クラスメイトの女の子たちが数人。
 「恐山さん、恐山さんっ」
 何が楽しいのか分からないけれど、その中のひとりが笑顔であたしを立て続けに呼ぶ。教室の中に、その声が響く。
 「どうしたの?」
「ねぇねぇ、これ見てっ」
 そう言って、彼女はあたしの目の前にバッと雑誌をかざす。
 「これっ久保月くんっ! 格好良くない〜?」
 見ればマルボロの広告で、ポーズをきめて写る男が一人。
 手に持つ細長いモノのことは別として、
 確かに。
 「格好いいわね」
 葉には劣るけど。とは思っても言わない。第一、今うしろの方の席でヨダレを垂らして眠っている男のほうが「格好いい」と言っても、怪訝な顔をされるに違いない。
 「でしょ〜?」
 彼女はひとりでキャーキャーわめいている。
 「どうしたの。この子?」
 あたしは他の面々に聞いてみる。
 彼女たちは苦笑気味に言った。
 「こいつ今、久保月くんに夢中なんだよ」
「異常なほどにね」
「たしかに格好いいんだけど」
 でも私は妻武士クンがいいだとか、名前もよく聞き取れないほど無名のアイドルだとかの名前が矢継ぎ早に飛び交った。
 「恐山さんは?」
「あたしは…トム=クルーズかしら」
 とうとうアメリカでは出会わなかったわね、そう言えば。
 「へ〜」
「…――渋いね〜」
「ねえ…それ、トム=ハンクスと勘違いしてない?」
 あたしのその一言に、一瞬かたまった後、彼女たちは爆笑した。
 「そーだ、ハンクスだよ!」
「ハンクスとクルーズって全然違うじゃんっ!」
「おっさんじゃん、ハンクス!」
 彼女たちの笑い声は、教室中に響き渡る。葉が目を覚ましたのが横目に見えた。
 誰が格好いいだとか、好きだとか、そういったことに夢中になって語ることはできないけれど、彼女たちが楽しそうに話す様を、あたしは見ていて気持ちがいいと思った。
 彼女たちの、その年相応らしさが好きだった。

 タバコのことをふと思い出す。
 無理などせずに、背伸びなどせずに、ただ今を楽しめればいいのに。
 オトナとはき違えているのなら、痛々しくて仕方がない。


 「何の話か知らんが、やけに騒がしいな」
 すぐうしろから聞こえたその声に、あたしは驚いた。
 「麻倉くん、これ見てっ」
「んお?」
 葉は示された広告を素直に見る。
 「久保月くん!格好いいでしょ〜?」
「んん? 坊主だぞ?」
「それもいいのよ」
 あたしの声に、彼女はうんうんと肯く。
 「なんだ、アンナも好きなんか、こいつ?」
と写真を指さす。「坊主が好きなんか?」
 ――そういうわけじゃないわよ。
 でもそんなことより、そのあからさまに不機嫌な顔をやめてくれる? 変に思われるわよ。
 「それより、あんた何か話があるんじゃないの?」
 そうでないと、あたしたちの側へやってきた理由が分からない。
 「お、おお。けど後でもいいぞ?」
 ちらりと彼女たちの方を見て言う。
 「いいから、言いなさいよ」
 不機嫌なあたしの声に、葉はピッと背筋を伸ばした。
 「おお、いや、今日な、保育…うぇっ!?」
 イキナリあたしに口をふさがれて、葉はあたふたした。
 けど、当たり前でしょう。
 あんた、言ってはならない単語を吐こうとしたのよ、今。
 「な、何なんよ」
「こっちいらっしゃい!」
 彼女たちの怪訝な視線から逃れるように、あたしは葉を廊下に連れ出した。


 間違っても聞かせられないわ。
 ――「保育園」、なんて。
 「あんた、言うつもりだったの?」
 あたしの不機嫌な顔に、葉は言葉に詰まった。
 「だ…って、お前が言えって…」
「言っていいことと悪い事があるでしょう!」
「やっぱまずいか、花のこと…」
「バレたら、居づらくなることは確実ね」
 あたしたちの子どものコトは言えないわ。…少なくとも、今は。
 「あたしたちのことを考えて学校へ通わせてくれてる葉明だって、かばいきれなくなるわ」
「ん、そだな…」
 葉はぽりぽりとすまなそうに頭を掻いた。
 まったく、これが一児の父親かしら?
 情けない、と思いながらも許せてしまう自分も情けないわ。
 「――で、何?」
「え?」
「花がどうしたの」
「ああ、保育園な。今日は竜が迎えに行けないらしいからさ、オイラたちで行こう?」
 …そんなこと、本気で彼女たちの前で言う気だったの、コイツ?
 信じられない思いで葉の顔を見る。
 ――でも、まぁ、いいわ。
 久々に、親子3人で歩くというのも。
 「けど、最近あの子大きくなってきたから、あんたが抱いててよ」
「おお」
 葉はユルい笑顔で言った。
 「確かにあいつ、重くなったよなぁ」
「――ええ」
 思わず、笑みがこぼれた。


 あたしは、誰が格好いいだとか、好きだとか、そういったことに夢中になって語ることはできないけれど。
 年相応の、はしゃぎ方なんていうのも持ち合わせていないけれど。
 けどその代わり、あんたみたいな旦那と、あんたに似たかわいい息子がいるからいいわ。
 タバコなんかより、よっぽど依存して、中毒になってしまいそうなものがね。
 早熟しすぎたと言えなくもないけれど。
 そんなの、ちっぽけに思えるほど。
 あたしは幸せだから。





2003.6.15





懺悔(+言い訳。) 少し長め。

これは…パラレルでしょうか?
旦那が高校通ってる設定が頭から抜けなくて…。
嫁が学校行くかは疑問なんですけどね。
花くんほっぽって学校行くタイプじゃない気がしますし。
(育てたいのではないでしょうか…。ルドセブとかに対する反応見てると)

葉明は「学校」を結構口にしてるあたり、(成績はともかく)
勉強はさせてやりたい…とか思って…たらいいな。(なんじゃそりゃ)
麻倉に縛り付けたこととか、それなりに後悔してそうなんで。

あと、夫婦はたぶん高校浪人(?)してて、実際より下の学年で授業受けてそう。

はじめは単に、早熟の持つ切なさとかが書きたかっただけなのに、
何故かバックグラウンドまで形成されてゆき、妄想に花開いた感じで…;; (すみません)

色々ツッコミどころはありますが
(マルボロなんてほとんど出てねぇじゃねーか、とか)
そこは、えと、ご愛敬で……。


どうでもいいことですが、うちの学校のトイレでタバコの吸い殻を発見したときは驚きました。
大学生なんだから隠れなくてもいいと思うのですが。(笑)
トイレ前に灰皿置いてあるのに……。