釣りってのは、闘いなんだ、父ちゃん。
男と、魚の、真剣勝負なんだ。


05.釣りをする人


セリの声が市場に響く。
おっさんたちの怒号が飛び交う。
竜のおっさんも、なにやら毛のないおっさんとガンをとばしあってる。


なぜだかオイラは、この雰囲気が好きだ。
(おっさんどもの顔は濃いけど。)
勝負に負けたマグロたちが、コンクリートの上に転がっている。


闘いのあと。
勝者の叫び、敗者のなみだ。


魚と人間の話だけじゃなくて、
人間と人間――おっさんたちの中にも、敗者と勝者の区別が付く。
竜のおっさんは、毎日ほとんど勝者になって家に戻っていた。
つまり、上等のマグロを手に入れて、何とか母ちゃんに怒られることはまぬがれていた。


「よお、花坊! 今日も来てんのか」
竜が小便に行ってる間、顔見知りになったおっさんがオイラに声をかけてきた。(このおっさんは魚を売ってる方で、竜のライバルじゃない。)
「どうした、ひとりで。父ちゃん待ってんのか?」
「竜のおっさんはオイラの父ちゃんじゃねーよ?」
ちょっとシンガイだな、オイラ。
オイラの顔を見ておっさんはちょっとかたまったあと、大声で笑った。
「そうだよなぁ、おかしいと思ってたんだ」
おっさんはまだ笑ってる。
「どれだけお前の母ちゃんが美人でも、アイツが父ちゃんならお前みたいなべっぴんが生まれるはずねぇやな」
それって、オイラ褒められてんのか? 悩むところだな。
「よくわかんないけど、オイラは父ちゃんとそっくりらしいよ」
「そーかそーか」
おっさんはおもしろそうにオイラの頭を2、3度たたいた。
「なぁおっ…ちゃん」
「ん?」
「オイラの父ちゃん、ものすごくユルいんだ」
おっさんはちょっとあっけにとられた顔をした。――そりゃ、オイラだって唐突なのはわかってる。
「で?」
「……母ちゃんに、怒られてばかりいるんだ」
「仲が悪いのか?」
「ううん。仲はいいんだ。オイラがいたって、ふたりとも…いや、父ちゃんが母ちゃんにすり寄ったりしてるし…」
「ほお」
おっさんはニヤリと笑った。「そりゃお前も苦労するな」
「うん」
オイラはその時の父ちゃんのたまらなく幸せそうな顔を思い出して、ハァとため息をついた。
「で、何が問題なんだ」
「うん…。オイラ、父ちゃんのマジメな姿って、見たこと無いんだよ…」
「無職か」
「いや、働いてるけど…」
働いてるんだけど。
「ユルいんだ。オイラ、父ちゃんがおっちゃんみたいに一生懸命働いてる姿が見てみたいんだよ」
「なるほどなぁ」
おっさんはうんうんと肯いた。
「わかるぜ花坊。俺の親父も……」
「ぼぼっぼっちゃん! 何のハナシしてんすか」
便所から帰ってきた竜が、オイラとおっさんの会話を中断させてしまった。
「何だよ竜〜邪魔すんなよ」
「い、いや、だって…」
竜はちらちらとおっさんの方を見る。おっさんはニヤニヤ笑ってる。
オイラはほとほと困ってた。


ハァ。


釣りってのは、闘いなんだぞ、父ちゃん。
男と、魚の、真剣勝負なんだ。
頼むから父ちゃんも、母ちゃん困らせてないで…
ユルく笑ってないで、マジメに働いてくれ。









2003.7.19



懺悔。

花くんからの暴露話が書きたかったのですが、
見事に玉砕しました。

ふんばり温泉編での旦那の存在が気になるところ。
「お前だけはまともな大人になれ」
あたりから推測すると、旦那はマトモな大人にならなかった模様。