今日は新羅学園の遠足の日。
 今日こそ僕は、実現したいことがあるんだ。


 06.ポラロイドカメラ


 「ねぇ葉くん、アンナさん。一緒に写真取ろうよ」
「…」
「んん?」
 僕の言葉に、お弁当を広げかけていたふたりがかたまる。
 「写真?」
「何故?」
「何故って…いいじゃないか、記念に…――」
「いやよ、めんどくさい」
「そんな…大したことじゃないじゃないか」
 僕の提案がアンナさんのひとことで一蹴されてしまわないように、なんとか食い下がろうとする。
 だってふたりとも、今まで一度も僕と写真を撮ったことがないじゃないか。
 「だってよぉ、まん太。オイラたちと写真なんか撮ったら…」
「写るわよ、彼らが。」
 ひいいいいぃぃぃぃっ! 霊感夫婦っっ!
 「わっ…分かってるよ! だ、だからホラ、写真屋さんが困らないように、ポラロイドカメラ持ってきたんだ!」
 僕なら大丈夫さ! 君たちといたら霊にもだいぶ慣れたし。写真の中に何人写り込んだって、僕なら平気さ!(たぶん)
 葉くんとアンナさんは、顔を見合わせた。
 「オイラ、写真ってあんまいい思い出ないんよなぁ…」
「え?」
「小学校ん時とか、必ずオイラは写真に写らんようにしてたし」
 お弁当の準備を着々と進めながら、葉くんは少し困ったように笑いながら言った。
 「やっぱビビられるからな、写ると」
 「――葉、今日の卵焼き、色が濃い」
 アンナさんが葉くんの作ったお弁当をのぞき込みながら唐突に言った。
 「おお、すまん」
「醤油のかけすぎよ」
「昨日夜更かししたせいで、朝寝ぼけてたからなぁ」
「だから早く寝ようって言ったでしょう?」
「だってアンナがもう一回って…」
「言ってないわよ!」
「ふっ、ふたりとも!」
 これ以上放っておくと、僕の存在が完全に無視された夫婦喧嘩が続いてしまうので、僕はあわてて言葉を遮る。
 「僕となら写真撮ったっていいじゃないか! どうしてためらうのさ」
 ふたりはまた、顔を見合わせた。
 ――何だって言うのさ?
 「あー…アンナ、オイラちょっと他の奴らの弁当見に行って、卵焼きの研究してくる」
「ハァ!?」
「今度失敗したら、はっ倒すからね」
「うい…」
 ちょっと、今、もしかして葉くん逃げた!? 逃げたよね、今!!
 「よっ葉くん!」
「しっかり研究してくるからなー」
「おーい」
 振り返らない親友の後ろ姿を、僕は呆然と見送る。寂しい風が僕のまわりを流れていく。
 「ア、アンナさん…?」
 振り返って親友の奥さんを見てみると、彼女は少し笑っていた。
 「今、葉くん逃げた? 何で?」
 涙が目にしみるよ…。
 「あいつ、何だかんだ言って、照れてるのよ」
 アンナさんは、少し笑ったまま言った。
 「照れる?」
 どうして…。
 「あいつ、今まで写真に写るなとは言われても、一緒に撮ろうなんて言われたことないからね。どう反応したらいいのか分からないんでしょ」
 お弁当のきんぴらに手を伸ばしながら、アンナさんが言う。「あら、コレはおいしいわ」
 「そんな…それならそうと言ってくれたって…」
「それすら恥ずかしいんでしょ。まったく、何が卵焼きの研究なんだか」
 アンナさんは呆れた風にそう言うが、たぶん卵焼きの研究は本当だろう。葉くんがアンナさんのために、料理に余念がないのは僕だって知ってる。現に、僕の視界に小さく写る葉くんは、クラスメイトの所を渡り歩いていた。卵焼きを提供して貰って、ひとつひとつ味を確かめているんだろう。
 「でも…もし本当に照れてるんなら、僕はどうすれば一緒に写真を撮って貰えるのかな?」
「さあ? そこはあんたの交渉次第でしょ」
「交渉って…」
 そこを聞きたいんだけど。
 「そもそもあんた、何で写真なんか撮りたいのよ」
「って言うか、君たちにはイベントの際写真を撮るという習慣がないの?」
「ないわね」
 あっけなく否定されたところへ、葉くんが帰ってきた。
 葉くんはアンナさんの様子をうかがっている。
 「卵焼きは?」
「…ああ、貰ってきた」
 葉くんは誰かに貰ったらしい紙皿の上に、5個くらいの卵焼きを載っけていた。
 「佐藤んちの卵焼きがめちゃめちゃうめぇんだ。食ってみ?」
 そう言ってアンナさんに皿を差し出す。アンナさんは箸をのばして、卵焼きを口に放り込んだ。
 「あら、本当ね」
「んで、山田んとこの卵焼きは、形がめちゃめちゃキレイなんよな」
 どうすりゃこんなにうまく巻けるんだ? なんて言いながら、葉くんは紙皿を置いて、自分の作ってきた卵焼きと見比べていた。
 「じゃあソレ、とっとけば?」
 アンナさんが、山田くんちの卵焼きを指しながら言った。
 「はぁ? とっとくって…持って帰れってか?」
「違うわよ。腐ったらどうすんの、もったいない」
 葉くんの言葉をバッサリと否定する。いつもながらに、なんて切れ味がいいんだ。
 「じゃぁどういうイミだよ」
「写真に撮っとけば、って言ってんのよ」
「えっ」
と言ったのは僕。だって…アンナさんもしかして…。
 「しゃ、写真か…?」
 写真という言葉を聞いた瞬間、葉くんが身構えた。そんなに苦手なのか、葉くん…。
 「そ。あんたはまん太からカメラを借りるんだから、まん太の願い、聞いてやりなさいよ」
 ア、アンナさん…僕のために交渉してくれてる?
 僕は眼前で繰り広げられている会話を、信じられない面持ちで見ていた。
 「まん太の願い…つうと…」
「撮りたいんでしょ、写真?」
 友人夫婦の視線が僕に突き刺さる。
 「う、うん…」
 僕は蚊の鳴くような声で答えた。だって…撮りたいけど、こんなに嫌がってる風な葉くんに無理に撮って貰いたいわけじゃない。
 だって、写真って、そんな風に撮るものじゃないだろ? 楽しくなくちゃ、意味無いじゃないか。
 「…すまん、まん太」
 僕が黙り込んじゃったのを見て、葉くんがそう言った。僕は何で謝られたのか分からず、怪訝な顔をしたと思う。
 「別にオイラ、お前と写真撮んのが嫌とかじゃなくて…。分からんのよ、どんな顔すりゃいいんか」
 葉くんは照れたように笑った。
 僕も思わず笑ってしまった。
 「そんなに構えなくてもいいんじゃないの?」
 そういう顔で、いいんだけど。
 「じゃぁ、とりあえずカメラ貸すよ。どの卵焼き?」
 僕は鞄の中からポラロイドカメラを取りだして、葉くんに聞いた。
 「ああ、この…」
 パシャッ
 「……え?」
 皿をのぞき込む葉くんの横顔を、僕は無断で撮ってやった。油断していた葉くんは、何が起こったのか分からずに唖然としている。
 ビーッと写真が出てくる。
 「きっとマヌケだろうなぁ、今の顔」
 僕はしてやったりといった感じで写真を手に取る。
 「まっまん太…!」
「コレも記念、だよね?」
 僕はアンナさんの方を向いて言った。彼女はやっぱり笑っている。
 「やられたわね、あんた」
「アンナぁ〜〜」
 情けない顔でアンナさんに訴える葉くん。笑ってるアンナさん。僕はそれも、写真に納めた。
 パシャッ
 「「あ……」」
 ふたりはしまったという顔をしたけれど、次の瞬間笑い出した。
 僕も笑う。
 天気のいい日。写真を撮るにはもってこい。
 僕はひとつ願いを叶えて、とても満足した気分だった。


 数秒後、姿を現した写真には…。
 案の定、何人か見知らぬ人が写り込んでいたけれど…。
 それもまぁ、今日の思い出かな?




2003.7.21





懺悔。

夫婦と写真を撮りたがるまん太が書きたかったんです。
あと夫婦喧嘩を。(笑)

彼らはあんまり写真って撮らなさそうですよねぇ。(うつるし)
でも「葉4才」とかの写真はあるのか…(第33廻参照)