休日の午後。
 親子で向かう、初めての場所。

 014.ビデオショップ

 「おい花、お前本当にこんなん見たいんか?」
 葉は膝のあたりにある息子の頭に向かって、心底怪訝そうに尋ねた。
 花は葉を見上げたが、何も言わない。とにかくその一本のビデオを指さしながら、戸惑い気味に黙っている。
 「何なの?」
 映画の棚を見ていたアンナが、葉の声を聞いて子ども向けのビデオコーナーに顔を出した。「ああ、こいつに見たいビデオ聞いたら、こんなん指さすんよ」
 葉が棚から取った一本のビデオを受け取り、アンナはしげしげと眺めた。
 「"幽霊戦士ヨワソウダー"? 何このふざけた戦士」
「弱かったらダメだろうに」
 2歳の子どもが選んだビデオだ。たぶん表紙が気に入ったか何かで指さしたのだろう。しかしそれにしたって、思わず息子のセンスを疑ってしまう。――もっとも、責めれるべきは製作会社だろうが。
 「しかしビデオっちゅうんは、すげぇ数があるもんなんだなぁ」
 小さな子ども向けのコーナーだけで、棚が3つは使われている。これに邦画、洋画と加わるのだからすごい数の棚が並ぶことになる。
 葉は初めて来たビデオショップに戸惑っていた。
 まん太が古くなったビデオデッキを一台譲ってくれるというのは幸運だったが、なにぶん家にひとつもビデオというものがない。だからこうして借りに来たわけだが…。
 「なぁ花、あの"はたらく車"とかのビデオが楽しそうじゃねぇか?」
 葉が試しに言ってみたが、花は首を振るだけだった。アンナがふざけたタイトルの戦士もののビデオを渡すと、花は嬉しそうに笑った。
 葉とアンナは、思わず顔を見合わせた。どうやら本当に気に入ってるらしい。
 まぁ好みは自由だけどな…と葉は呟いて、子どもコーナーを出た。いかにも気を引かせようとする原色の背表紙に、いいかげん目がチカチカしていた。
 花は満足したらしく、今はビデオを握っておとなしくアンナに手を引かれている。
 ふたりが邦画のコーナーへ行くのを見て、葉は思わず微笑んだ。
 さて、せっかくだから自分も何か見てみたい映画でも探すか…。
 何気なくぶらぶらと見て回るうちに、店の端の方…中国映画が並ぶ棚に来ていた。
 目にとまったのは、パイロンだった。――生きていた頃のパイロンの映画。一度だけ映画館で見た映画の内容は、今でも覚えている。えらく感動したもんだ。
 手に取ってビデオの箱を眺めてみた。裏には格好良くポーズをきめるパイロンの写真が3枚…。
 何か変な感じだな、と思いながら、葉は箱を眺めていた。この映画をとった数年後には、キョンシーになってるなんて知らないだろう映画俳優。その彼が、この映画の中では動き回っているのだ。
 何が起こるか分からんもんだ…。葉は箱を棚に戻してからふと、うしろの棚が異様な雰囲気を放っているのに気付いた。
 「…?」
 囲いがされていて、中は分からない。
 葉は何の気なしにその囲いの中に入って…仰天した。
 「んな…っ」
 中にはずらりと並ぶ、いやらしいビデオ…要するにAVだ。葉はそれに気付いて慌てたが、男のサガというか…気になるのは当然で。心臓がバコバコいいながらも、ついちらちらと目がいく。
 制服姿の女子やら…"人妻"の文字やら……。
 でもそういやオイラ、制服姿の人妻とは何度も……
 「葉……ッ!」
「ういっ!?」
 いきなり耳を掴まれ、その囲いから引っ張り出された――当の妻に。
 「あんた…ナニ考えてるのかしら、いったい」
 静かな怒りを全身にちらつかせ、アンナが鬼の形相で立っている。花は離れたところに非難していた。横目で見て、2歳の割になかなかの判断力だと舌を巻く。
 「葉っ!」
「ういっ」
「まさかあんた、あんなビデオ何度も借りたことがあるんじゃないでしょうね…!?」
「ま、まさかっ」
 ホロホロたちに見ようと誘われたことはあるが…とは、口が裂けても言えない。
 「ビデオ屋なんてはじめて来たから、何があるんか分からんかったんよ!」
「その割には長いこと見てらしたようだけど!?」
「そ、それは…」
 ぐっと詰まる。興味がなかったとは言い切れない……。
 「こ、今晩の参考にでもと……」
 その瞬間、葉は壁に吹っ飛んでいた。
 頬に強烈な一撃を食らい、意識が遠のきそうになる。
 「ァ、アンナ…」
「このドバカ!」
 アンナは怒りを隠そうともせず、ドシドシと荒い足音をたててその場から離れた。
 花が顔の形が変形した父に怯えながらも、トテトテッと駆けよってきた。
 「とーちゃ…」
「イテテ…いやまぁ、自業自得だからな……」
 頬と、壁に打ちつけた頭をさすりながら、葉が立ち上がる。
 「気をつけろ花…母ちゃん怒らしたら殺されるのは間違いねぇ…」
 ――思わず呟いたこの言葉を、息子はしっかり頭に刻み込むことになる。
 葉は花の手を取って、アンナを探した。広いとは言ってもひとつの店だ。意外にはやくその姿を見つけ、近づく。
 「アンナ…」
「何よ!?」
「ま、まだ怒っとるんか?」
「怒ってないと思うわけ?」
「……」
 妻の後ろ姿を眺めて、頭を掻く。
 たぶん、さっきほどは怒っていない。もし先ほどの怒りがまだ持続していたら、最初に声をかけた時点で自分は床に沈んでいた。――棚を眺めていたくらいでずっと怒っているのもどうかと思ったのだろう。
 葉はまわりを見回し、誰もいないことを確認する。息子には小声で「ちょっと目ぇつぶってろ」と言って、くるんと小さな身体をまわして後ろを向かせた。
 「?」
 花は素直に従い、目を瞑った。また恐ろしい惨劇が繰り返されるなら、見ない方がいいと小さいながらに判断したのかも知れない。
 「アンナ」
 葉はもう一度まわりを見てから、アンナの耳元で小さく何かをささやき、そして頬に軽く口付けた。
 「…!」
「花、もういいぞ」
 少年が振り返った瞬間、赤い顔をしながら父をぶつ、母のてのひらの音が小気味よく響いた。
 「……」
 花は目を丸くした。だが、父は先ほどとは違ってニコニコ笑っている。(多少よろめいていたが。)
 「――花、あんたそのビデオでいいのね?」
「う、ん…?」
 花の手の中にあるビデオを掴み、アンナは会計を済まそうとレジに向かった。花はわけが分からず、ただそこにボーっと突っ立っていることしかできない。
 「とーちゃ…?」
「いやいや、いいんよ花。父ちゃんたち仲直りしたからな」
と、葉は笑って言う。
 これが数年後に発せられた言葉なら、花は間違いなく「ホントかよ」と父を疑いのまなざしで見たに違いない。あいにく小さな彼には、父親に突っ込むという芸当はまだ無理らしく、彼の笑顔につられてにこーっと笑っただけだった。
 葉はそんな花の頭を撫で、手を引いてアンナを追った。
 頭の中で、さっきアンナに囁いた言葉を、家に帰って実行してやろうと考えながら。


2004.3.6







懺悔

何言ったんだろう旦那……。(笑)
マトモなオチがなくてすみません。
特に何もない休日の姿が書いてみたかったので、ヤマもオチもないのです。(オイ)

何故花くん2歳にしたかというと…
カード作る時に、夫婦には高校の生徒手帳を差し出して貰おうかと思ったのです。
が、もうこれ以上ダラダラ書いてもな〜ってことでカット。

花くんの手にしたビデオについては何も言うまい……