キセルと着物ってのは似合うもんだなぁ。
 葉明は唐突にそう言った。目の見えはしない木乃には、横にいる男がどんな表情かは皆目わからないけれど。

 093.Stand by me

 ただ唐突に闇の中に響いたその声は、一瞬目の前に鮮烈な光を灯したようにぱっと弾けた。けれどすぐに消えた。たばこの煙だけが、ただ確かに木乃の心を安らかにする。
 自分を嫁にと所望した葉明の酔狂さに付き合って、この出雲の地に来てずいぶん経つ。馬鹿な男だと鼻で笑うのだが、互いに本気とも見えぬ感情が、思いの外互いを強固に縛っていた。
 木乃はいつでも逃げられると思うから逃げない。葉明も逃げられたらそれはそれで構わないと思っているから焦らない。だから離れられず深みにはまってゆくのだった。これは葉明の策だろうかと木乃は疑うこともあったのだが、軟派なこの男が意外に不器用であることはだんだん分かっていたので、恐らくは偶然の産物なのだろうと思う。言い換えれば、馬が合うのであった。
 「お、なんだ無視かこのやろう」
「あたしは野郎ではないよ」
「アマッて響きの方が蔑んでるみたいだろう」
「…」
 この男の感覚はいまいち分からない。本人がそう思っているのだということを知って、ははぁと頷ければまぁそれで良い。完全に感情を共有する必要はないのだった。だから木乃も共感させる必要のない思いを正直に呟く。
 「盲いた女が着物を着てキセルを銜えても、情緒もない気もするがね」
「そうかい? オレは綺麗だと思う」
「…」
 ぽっと口から煙を吐いて、木乃は葉明の言葉をもうひとたび内で噛んだ。たばこの苦みが突然強烈になったようであった。
 「それこそお前、あたしをバカにしちゃいないかい」
 葉明にとってそれは意外な言葉だったらしく、自分の方を向かず遠くを見つめる木乃の横顔を、言葉もなく眺めた。
 それもそのはず、綺麗だの何だの賛美の言葉は正直な感想であり、それを戯れに発することなど彼にはほとんどないことだった。こと木乃に対しては、嘘であろうはずがない。美しいものは美しいのだ。それを正直に賞賛することには躊躇いはなく、自らの眼力にも自信があった。女に関してなら尚更だ。
 どうもその辺に誤解があるようだな、と葉明は軽く息を吐き出した。バカにするなどとはとんでもない発想だった。
 「おい、オレはなぁ…」
「あたしはね、生まれたときから目が見えなかったわけではないんだよ」
 葉明の言葉を遮り、木乃は話を続ける構えであった。
 「あたしは鏡に映した自分の顔をちゃあんと見ている。多少整っちゃいるが、最近じゃ化粧にも興味がないから昔よりもひどいもんだろうさ」
「…」
 葉明はその言葉を聞き、ははぁと頷いて、木乃に好きに喋らせようと口をつぐんだ。
 「お前の言う綺麗だとかにあうだとか、全部目の見えないあたしに対する慰みじゃないのかい。あたしはレヴェルの低い美しさや賛美などは受けたくないのさ」
 プライドの高さはそれはそれで美しかった。葉明は口の端を上げ、横にいるこの女に対する好意がやがて増してゆくのを内で心地よく受けとめていた。
 「お前、笑っているだろう」
「いや、怒っている」
「…?」
「お前がそんな、目の見えねぇことを悲観する女だとは思っちゃいなかったよ。幻滅だ、まったくなぁ」
「…!」
 怒りの感情を隠さず浮かべた面を葉明に向け、木乃は奥歯を噛んだ。殴りたいが、その怒りが図星を突かれ腹が立ったせいなのか、この男に幻滅だと言わせた自分が憎いためなのか自分でも判断できず、結果ただ無言のまま葉明を睨んだ。
 「何よりオレが信用ねぇってのがいちばん腹が立つ。あえて言わせてもらや、オレはお前と違って目が見えるんだぜ」
「…」
 だから何だ、と言いたげな表情を浮かべる木乃に対し、葉明はキツネに似た笑みを浮かべた。
 「お前は分かっちゃいねぇ。鏡の中のお前はもういねぇんだ」
 目の見えるあたしはもういないとでも言いたいのか。どこまでバカにすれば気が済むのだ、この男は。
 怒りよりも、何故か木乃には悲しみが増した。身障者をけなす下劣な人間の類ではないと思っていたのだが、それも幻想だったろうか。
 「いいかよく聞け、お前はそれからどんだけ月日が経つ?」
 葉明は黙り込んだ木乃の目を覚まそうとでもするかのように、声を荒げる。
「昔のお前がどんな風貌だったのかオレは知らんが、お前も今の自分をしらねぇんだぜ。どんだけ綺麗になってるか、お前は見ちゃいねぇんだ」
「…ッ」
 木乃が驚きの表情を浮かべたことで葉明は満足したらしく、腹の底から大きな声を出して笑った。
 「お前のそんな顔がどんだけ綺麗か分かってねぇだろ。着物がどれだけオレをそそるかも知らんはずだ。細いお前の指がキセルを伝い、紅い唇にそいつが吸いこまれる様の妖艶さもな」
「…初耳だ」
「だろうな」
 葉明は喉の奥で笑った。呆気に取られている木乃の顔は、それはそれで美しい。いやこれは、可愛いと呼べばいい類のものだろうか。あまり見かけぬ顔つきに葉明の頬もゆるむ。
 「…お前がそんなに変態だったとはな」
「おい、そう解釈するかいオレの話を」
 大仰に振り返れば、木乃は声を出して笑った。それは細身の女とも思えぬ豪快さで、音が屋敷を駆け抜けていく。
 「まぁ、結局あたしが美しいという確証はどこにもないがね」
 まだ疑うのか、と葉明はあきれ顔で木乃を見た。
 「しかし、レヴェルが低かろうと何だろうと、お前があたしを美しいと思うのならそれに甘んじてやるよ」
 キセルをもう一度銜え、木乃は微笑を携えた。「悪くはない」
「ふん、素直じゃねぇなぁお前も」
「それはお互い様だろう」
「…」
 否定も出来んか、と葉明は軽く笑った。素直ではないのは分かっている。
 そもそもキセルと着物が似合うことは問題ではなかったのだ。そいつを身につけた木乃が美しいのだとぐるりと大回りして言葉にしたのだから、まったく素直ではない。
 木乃にそれが知れたのだろうか。まさか。しかしあの豪快な笑いを思い返せば、そいつに気付いたとも取れたような気がした。
 あなどれねぇ女だと思いながら、しかし葉明には奇妙な喜びが胸を駆けているのを感じずにはいられなかった。


2005.9.27



懺悔

とある口の影響で葉明×木乃(ヨメキノ)話を書きたくて書いたもの。
葉明は軟派という設定です(笑)

淡々としながらも、互いに心は側にいてほしいのだろうとなんとなく思います。