恋ってのは、何だろう。
受話器のむこう
「え…」
葉は耳を疑い、黒い受話器に向かって声を出した。「何だって?」
「だから…、今日うちにカンタが来たの」
「…」
葉は受話器を握ったまま、遠い地にいる許嫁の言わんとすることを理解しようと試みた。記憶の中にあるアンナは、戸惑っているような表情を浮かべている。
「カンタ…」
その名前はもちろん葉には聞き覚えがない。最近行きだしたという小学校の連れだろうか?
――しかしそれにしたっていきなり人を家に呼ぶか? あのアンナが。
アンナは話がへたくそだと思う。それは例の力が少なからず関与していると葉は思っていた。
考えていることが自然と内に流れてきていたアンナにとって、言葉は無力だった。言葉という塊がアンナに届く前には、感情という刃が彼女を襲っていたのだからそれも仕方がない。しかしその力の為に、どの情報を言葉に載せればいいのかという判断には未だに弱いようなのだ。カンタが何者であるのかという情報を一切告げずにいきなり「うちに来た」なのだから、困ったものである。
「あー…」
何かしら質問をして回答への糸口をたどろうとするのだが、葉自身話がうまいわけでもなく、しばし言葉に詰まる。
まず、「カンタ」とはいかなるものか。
うし、と心を決めて言葉にしようとしたときに、受話器から先に音が出た。
「カンタってかっこいいのよ」
「…ッ!」
聞き捨てならないセリフに、葉は捕らえられて一切の動きを止めた。心臓までもが一瞬止まったようだった。いや実際止まっていたのだろう。数秒後に葉が動きを再開しだしたときには、送りそびれた血液を体中に巡らそうと心臓がただならぬ早さで動いていたのだから。
アンナが他の人間を褒める言葉を聞いたのは初めてだった。それは一生聞くことがないとまで、頭のどこかで考えていたことだ。
それが、他の男のことで口にされるとは、まったくの予想外だ。と言うよりは、ひとかけらの想像も出来なかったことだった。別に自分が褒められたかったというわけではない。ただ他の男を褒める言葉を聞くくらいなら、いっそ一生聞かない方が良かった。
そこまで考えたときに、葉は妙に上ずった大きな声を出していた。
「な…っなんだ、アンナ、そいつのこと好きなんか?」
しばらく受話器の向こうで沈黙が続いた。自分の鼓動は時間の経過に比例してどんどん早まる。
「そうね…」
返ってきた言葉は、やけにすがすがしい音色だった。
「そうね、あたし好きなんだわ、カンタのこと」
「そ…」
そんなばかな、と心では思うのだが、みっともないほど潔い自分の口から出るのは上ずった声。
「そうなんか。良かったな」
それはアンナにとって喜ぶべきことなんだと分かる。「それ」が自分で無かったことが、悲しかったとしても。
――アンナに好きなやつができるってのは、すごくいいことなんだ。
「よかっ、た…」
「ほんと、カンタってばかっこよく鳴くのよ」
「…うぇ?」
心臓がもう一度止まる。今度は割合早く流れ出した血液が、頭を巡って頬を紅くさせた。「なく?」
「ええ、九官鳥だもの、鳴くわよ」
アンナの言葉に、葉の口からは呆けた声が出た。
「きゅうかんちょう…の、カンタぁ?」
「カンタ。木乃がつけたの」
そう言ってアンナはくすくすと笑った。
「すき。かっこいいわ」
葉は目尻に浮かんでいたしずくを、慌てて手の甲でぬぐい去った。同時に鼻水をズズズとすする。案外そんな液体が蒸発するのは早かった。
「なっなぁんだよ、鳥なんか」
「何だと思ってたの」
「…ねこ」
苦し紛れにそう答えると、
「ねこはこりごり」
と、アンナは小さく笑った。その言葉に、葉も小さく笑い声を上げる。
ねこはこりごり。
その呪文のような響きは笑いを誘い、少しだけ涙も誘った。
「葉」
「…ん?」
「すきって、すきだわ」
「…うん」
初めて飼った鳥が、そんなに可愛いのだろうか。
何かを育てるのは、それほど愛おしい行為なのだろうか。
ほんとは、本当は、「好き」にはさっきみたいな胸を締め付けられるようなとても苦しいものもあるのだけれど、でも。
「うん、オイラも好きだ」
葉の声を聞いて、受話器の向こう、アンナはかすかに笑ったようだった。
懺悔
恋煩い、か…!?
毎度の如くお題に添えてないようなものです。
とりあえずカンタは捏造100%なので笑って流して下さい。(笑)