もとめるこえ


 その日浮かんでいた月は、毒々しい色を放っていた。
 まるで自分の心のようだと、あたしは小さく思う。
 形こそ普段と変わらず変化を遂げ、生まれ持ったサイクルでもって動き続けるが、そこから放つ色は明らかに何かに取り憑かれている。普段とは違う色。冷静な色は抜け落ち、燃え上がりそうな危うさを持ち合わせた赤。
 あたしは起きあがって布団から抜け出し、音を立てぬように静かに畳の上を歩いた。
 これからしようとすることは、あたしであってあたしでない、何かに取り憑かれたせいだと、そう思っておこう。でないとこの尋常でない思考に自分自身ついていけない。
 襖に手をかけ、ゆっくりと部屋を抜け出し、隣の部屋へと移る。葉の部屋の襖に手を伸ばし、少しの間ためらった。
 それは時間にすれば1秒にも満たないのかもしれないが、あたしにとっては長い瞬間。
 それでも体の熱にかき立てられるまま、あたしはゆっくりと襖を開けた。
 月明かりが薄く差し込む部屋の中、葉は布団に潜って眠っていた。…自信はないけれど、あたしが部屋に足を踏み入れても身じろきひとつしない様は、眠っていると見て良いのだろう。
 そっと近づき、布団の横に座り込んで、彼の顔を見つめる。
 「葉…」
 小さく呟くと、葉の表情がほんのわずか変化した。それがどういう反応かは、あたしには判断しようもなかったけれど。
 「葉……」
 もう一度小さく呟いて、眠っている葉の唇に、自分の唇を落とす。
 合意の上で交わすものと違うそれは、あたしの熱を高めるには効果的だった。葉を求めうずきだすあたしを鎮めたくて、片隅に塵のように残っていた羞恥心すら掻き捨て、深く口付ける。舐めるように、噛みつくように口付け、隙間をぬって舌を差し込んだら、不意に強い力に引き寄せられた。あたしはその力に逆らえず葉の胸の上に倒れ込み、彼の男らしい腕にがっちりと拘束されてしまった。自分から絡めたはずの舌は葉のそれにいいように遊ばれ、隙間から声が漏れる。
 「ん…ぁ…っふ」
 声にならない声で葉を呼び、必死で主導権を取り戻そうと舌を動かしたが、彼はそれ以上に激しくあたしを翻弄する。葉が本当は起きていたのか、それともあたしのキスで目が覚めたのか、そんなことを訝しがる余裕などなかった。高まる熱に涙が溢れる。
 「ん…」
「ぁ…っ」
 ちゅるりと小さく水音をたて、ようやく舌が離れた。
 「はぁ…っ」
「…アンナ、どした?」
 自分の肺活量を自慢したいのか、それとも濃厚なキスが嬉しかったのか、葉は笑みを浮かべてあたしを見た。抱きすくめられたままのあたしは逃げることもできず、おとなしく葉の腕の中に収まる。唾液に濡れた唇を指が動く範囲でそっと拭い、何も答えないでいると、葉が不意にいつものユルい笑い声をあげた。
 「アンナから夜這いとはな。嬉しいこともあるもんだ」
「…」
 図星な為に何も言い返せず、せめてもの抵抗に視線をそらす。
 「ま、オイラの予想通りだけどな」
 その言葉に、思わず葉を見返した。――予想通り?
 「どういう意味よ…?」
「ここんとこしてなかったからな。そろそろアンナも耐えられねぇんじゃねぇかと思ってよ」
「…っ」
 あまりの言葉に、顔がカッと熱くなる。
 確かにこの一週間ほど、葉に求められもせず、あたしから求めもせずに夜は互いに自分の部屋で寝ていた。毎晩と言っていいほどあたしに精を浴びせかけていた男が、いったいどうしたことだろうと考えていたけれど…。
 「謀ったわね……」
「まぁな」
 あたしの腰を抱き、屹立した己のそれをあたしに押しつけ、葉が意地の悪そうな笑みを見せた。
 「たまにはお前から求めて貰おうかと思ってよ」
「……」
 その言葉と、あたしの内股に押しつけられたそれの堅さに、自分が彼にずっと求められていたことを感じ取り、あたしは快感と悦びに震えた。同時にまんまとこの男の罠にかかっていた自分が、少し腹立たしくなる。
 「…あたしが今夜あんたのもとに来なかったら、どうしてたのよ?」
 あんただって限界なんじゃない? いきなりあたしの浴衣を脱がし始めた葉を見て、あたしも葉の襟に手を差し入れ肌に触れながら尋ねる。――久々の葉の身体を、手のひらを這わせて感じ取る。
 「ん…ああ、そうだな、今夜あたりオイラが夜這いしようと思ってた」
「…」
 なにそれ。
 待ってりゃ良かったわ、と呟くと、それがオイラの作戦なんだろ、と言い返された。
 葉の男らしい手があたしの肌を滑る。乳房を形取るように撫でられ揉まれると、自然に声が漏れた。
 「ん…っ葉……!」
「すまんなアンナ、オイラもちそうもねぇや…」
「…っ」
 手早く下着を剥がされ、唐突に葉が侵入してきた。葉に口付けたあの時から、あたしの中は既に葉を迎えたくて仕方がなかった。思いのほかすんなりと沈んでいく気持ちよさに、声が上がる。
 「は……っぁ、よ…ぅ」
「アンナ…」
 腰を拘束され、下からいやというほど突き上げられる。自分から腰を動かそうとしても、葉の手ががっちりとあたしを捕まえていて、あたしは葉の動きを中で感じることしかできない。
 「ぁっ、あっ…」
「アンナ…すげぇいい声」
 馬鹿なことを言い出す葉にも何も言い返せず、揺さぶられるままに声を上げる。
 よっぽど溜まっていたのか、早々にあたしの中に吐き出すと、葉は倒れ込んだあたしを抱きしめた。
 「……っ」
「アンナ…」
 何度も口付けられ、熱い息と湿った身体を絡ませ合って、あたしたちは布団に沈む。
 葉はあたしの息が整うのも待たず、あたしをうつ伏せにして、後ろから身体を愛撫し始めた。
 今度はゆっくりとした動きで肌に触れられ、先ほどとは違った快感に震える。
 「っ葉……」
 後ろから感じる葉の動き。男らしい無骨な手が腹の辺りを這い、あたしの腰が引き寄せられるようにして浮き上がった。
 「あ…」
「…」
 無言のまま両足を広げられ、肉の割れ目を葉の舌がゆっくりと這っていく。熱いぬめりが出入りを繰り返し、あたしの熱を一層高めていった。
 「はぁっ…ぁッ」
 葉は舌の動きを止めずに、何度も内側を攻める。
 内から沸き上がる快楽の渦が、あたしを呑み込む。
 夢か現か曖昧な状態で、上半身は布団に沈んだままゆっくりと腰を持ち上げられ、後ろから葉に貫かれた。
 「ぁう…っ」
「アンナ…」
 キツく深く突き刺さる性器よりも、声が優しくあたしを侵食していく。久々の感覚と、葉の男の声。
 葉と同様、あっという間にあたしの中は痙攣を起こし、続いて葉がそこで果てた。
 あたしが襲うはずだった相手は、その後もうしろであたしを何度も揺さぶっていた。
  
 疲れて布団に沈んで眠ってしまいそうになりながらも、葉の顔を見ながら柔らかく抱きしめると、彼が優しく微笑んだ。
 何度も繋がって、そうして何度も果てた後、あたしたちはようやくゆっくりと言葉を交わしていた。
 外の世界は徐々に、真夜中の闇から抜け出していた。
 「ねぇ、もし……」
「…?」
「もし、あたしが今夜ここに来ないで、あんたがあたしに夜這いをかけたとして…」
「…うん」
「あたしが嫌がったら、あんたはどうするつもりだったの?」
 この1週間、あんたと触れあわなくても全然平気で、むしろ今までみたいに毎晩抱き合う生活なんてごめんだってあたしが言ったら?
 そんな意地の悪い質問を投げかけてみる。
 返答は、あっさりしていた。
 「無理矢理犯してたかな」
「…」
 悪びれもしない男に敵うはずもない。…何よりあたしが求めてしまったのは消せない事実なのだし。
 自分勝手なあまりの言葉に、衝撃を受けたと思っているのだろう。何も言えないあたしを見て、葉が繕うように言った。
 「つうかさ、お前、寝る前にオイラのことじっと見てただろ」
「…」
「抱いてくれって言ってるようなもんだよな」
「…違うわよ」
「違わんだろ」
 あっさり否定されて返す言葉もなく、あたしは葉を睨み上げた。
 「そういう目も…」
 葉はあたしに顔を近づけ、こめかみや頬に口づけていく。
「誘ってるとしか思えねぇんだけどな…」
「……違うわ…」
 小さく否定をしながら、あたしのあちこちに口付ける男の頬を捕らえ、唇を重ねた。
 「ん…まぁ、お前がなんて言おうと抱きたいのは変わんねぇしな」
「…」
「けど、たまにはお前から行動に出て欲しかったんだ」
 そう言って、小さく音を立てて口付けられた。
 まんまとこの男の罠にかかった自分に、笑いがこみ上げる。
 「たまには、ね」
 罠にかかてやってもいい。
 襲ってやるのもいいかもしれない。ダンナ様のお望みとあれば、あたしの欲深さをひけらかしてやっても構わないわ。
 布団の中でぎゅっと抱き合って、あたしたちは声を上げて笑った。
 怪しい色を放っていた月は、顔を出し始めた朝日を浴びて、白く光り出していた。








懺悔

声にならない旦那の求める声に導かれるまま、罠にかかった嫁の話です。
何かな〜お題はいかがわしいのにどうしてエロはぬるいんだろう…。