本格的に寒さが身に染みるようになってきた冬の午後。
葉はいつにもまして居眠りに専念するように机に突っ伏していて起きる気配もない。
午後の暖かい日差しが気持ち良い眠りを助長していて、授業中だということも全く関係ないみたい。
とくに、葉の席は窓際ということもあってか、最近では朝から放課後までずっと寝っぱなし、ということもしばしば。
そんな葉の幸せそうな寝顔を見ていると、呆れながらも、苦笑してしまう。
あたしは最近そんな葉のだらし無い様子を見ることが、学校にいる間の微かな楽しみになっている。
あたしの席は葉よりも後ろの席なので、ちょうどその様子が見える位置なのだ。
今日もまた朝から寝ていて、真面目に授業を受ける気なんてないのね、などと思いながら、寝顔を見つめては、何の夢見てるのかしら、なんて考えてしまう。
先生もそんな毎度の葉の態度に諦めているのか、注意をしようとすらしない。
今日も葉はそんな恵まれた環境の中、放課後までぐっすり睡眠を取っていた。
不思議なことだけど、葉は放課後になると計ったように目が覚めるのよね。
ほんとに寝てるのかしら?狸寝入りしてんじゃないのかしら?
ま、あれだけ寝たのだから夕方の修業はいつもより厳しくしても大丈夫かしらね。
頬杖をつきながらあたしは口元を微かに綻ばせた。
HRが終わり、ようやく放課後になった。
HRの間中もずっと寝ていた葉は放課後になったとたん、目を覚まし起き上がった。
大きなあくびをしながら、両手を真っ直ぐ上に上げ、伸びをする。
あたしは、ようやく起きた葉と一緒に帰ろうと、鞄を手に取り立ち上がろうとしたが、誰かが彼に声をかけたので、立ち上がるのを止めた。
「麻倉くん、ずっと寝てたね」
葉に声をかけたのは、葉の隣の席の女の子。
毎日毎日横で気持ち良さそうに居眠りされたんじゃ、まじめに授業を受けている者にはたまったもんじゃないでしょうね。
ようやく起き上がった葉は苦笑しながら声をかけてきた彼女を見る。
「んん?おぉ、今の時期は寝るんにちょうどいいんよ〜」
笑顔で答える葉。
なんだか、ちょっとムッとした。
ずっと居眠りしていた葉が、起きて一番に笑いかけたのが、あたしじゃなかったから…。
「その席は暖かいのね。隣なのに私の席は日が当たらないから寒くて」
彼女は葉の席を羨ましそうに見ている。
「うぇへへ、オイラにはちょうどいい席なんよ」
葉はお日様のような暖かい笑いを浮かべた。
その笑顔に、その娘だけでなく、あたしまで心が暖かくなる。
「いいなぁ、私冷え症だから、羨ましいわ。手もすごく冷たいの」
ほら、と言って彼女は自分の冷えた手を葉に向かって差し出す。
あたしは思わずドキッとした。
葉がその手を確認しようと、手を伸ばしたから。
やだ…。
葉が、あたし意外の女の手を取るなんて、そんな場面見たくない。
目を反らせなくて、かと言って二人の間に割り込むことも出来なくて、あたしは二人の様子をじっと見つめることしかできなかった。
そんなあたしの視線など知るよしもなく、葉は彼女の手を取った。
「うぉ!ほんとだ、冷てえな」
彼女の指先に触れた葉が驚いた声を上げた。
あたしはその瞬間、葉に対する怒りが込み上げてきた。
なによ、葉のやつ、あたし以外の女の手を握るなんて!
まだ楽しそうに喋っている葉をキッと睨みつけると、あたしはわざとらしく大きな音をたてて椅子から立ち上がった。
これ以上二人の楽しそうな会話を見ていたくない。
ガタンと机が大きな音を立てる。その音に驚いたように、葉と隣の娘があたしを振り返る。そして、葉はあたしの怒りに気付いたようで、彼女の手を慌ててパッと離す。
そんな態度すらも気に入らなくて、あたしは葉をひと睨みすると、プイッと大袈裟なまでの仕種で顔を背け、鞄を乱暴に掴むと足早に教室を後にした。
後ろの方でした音で、葉が慌てて立ち上がったのが分かったけど、あたしは振り返らずに、そのまま走り出した。
今、葉の顔を見たらきっと悪態しかつけない。葉がどんな言い訳しようと、あたしはヒドイ態度をとってしまうから。
葉があたしに追い付く前に、逃げてしまおう。
葉なんて、あたしを探して困ればいいのよ。他の娘の手を握ってヘラヘラ笑ってる葉なんて…!
さっきの様子を思い返して、あたしはギュッと唇を噛みしめた。
走りながら、あたしは炎に帰る気にならなくて、図書室に逃げ込んだ。
ここなら葉も来ないだろう。だって葉とは一番掛け離れた場所だもの。
夕方の図書室には、さすがに人は少なかった。
図書委員がカウンターの中で黙々と作業をしている他は、入口近くの雑誌コーナーで数人の女子がおしゃべりに夢中になっている。後はテーブル席で数人の生徒がレポートでもしているのか、ノートを広げている。
あたしは、誰もいない奥のテーブル席に行くと、鞄を置き、椅子に座った。
そして、机の上で腕を組み、顔を埋めて溜息をついた。
走ってきたからという理由だけじゃなくて、胸が苦しい。
そして、葉のことを考えると、途端にムカムカしてくる。
葉が悪いわけじゃない、さっきのは何の意味もないただの会話。分かっているのに、許せない。
あたし以外の女に優しくしないでよ。あたし以外の女に笑いかけないで!
これはただの嫉妬だ。分かってるのに…。
その時、図書室の扉が開く音がした。
あたしは、ハッとして顔を上げた。
まさか、と思ったが、開いた扉の向こうに姿を見せたのは、やっぱり葉だった。
どうしてここに?と思う間もなく、葉はあたりをキョロキョロ見回して、あたしの姿を認めると、真っ直ぐこちらへ向かってくる。
あたしは思わず立ち上がって近くの本棚の影に隠れる。
無駄だと思いつつ、今は葉に会いたくなかった。
「アンナ」
当たり前だけど葉はすぐにあたしの居る所までやってきた。
きっと、あたしが逃げ込むところはここしかないと思ったのに違いないわ。
それか、走って逃げていたあたしを葉も走って追いかけてきたの?
「・・・・・・・・・・」
あたしは葉に背を向けて、立ち並ぶ本の背表紙に視線を向けている。
呼ばれても振り返りもしない。
「アンナ」
返事をしないあたしに、葉はもう一度呼び掛けてきた。
「・・・なに?」
自分でも分かるくらい感情のない声を返した。
「怒ってんのか?」
「・・・なぜ?」
葉の声を聞くと、さっきの光景が浮かんできて、イライラしてくる。
気を紛らわすために、目の前に並ぶ本の背表紙を指でなぞってみる。
「なぜって、その、さっきオイラがクラスの女子と手を・・・」
「分かってるなら、あんなことしないでよ」
本当は怒鳴りたかったが、図書室という場所を考え、幾分声を押さえて言い返した。
自分でもこれが八つ当たりだって分かってる。
でも、葉がそこにいると、止まらずに口をついて出てきてしまう。
「葉は楽しそうに笑ってたじゃない。あんなに簡単に他の女の手を取らないでよ」
ああ、こんな醜い感情を吐露するつもりじゃないのに。なのに怒りは納まらない。
「そんなに嬉しかったの!?」
「アンナ」
突然、あたしは後ろから抱きしめられた。
「!?」
力強い腕に捕らえられ、あたしは動揺する。
「・・・やっ!離してよ!」
その腕から逃れようと、身体を捻ってもがく。
あたし、怒ってるんだから!
こんなことで、あたしを懐柔しようと思ってるなら、大きな間違いよ。
「離しなさい!」
あたしは何とか逃れようとするけど、葉の腕の力の方が強くて、どんなにもがいても逃れることができない。
「止めてよ、ここ何処だと思ってるの。人に見られるじゃない・・・」
「こんな端の所なんて誰も来んよ」
葉はあたしを抱きしめる腕に力を込めて、耳元で囁くように言う。
確かにここは一番端で、政治経済のジャンルの棚。
滅多に人は来ないところ。
しかも、あたしは葉から身を隠すため、棚と棚の間に逃げたから、今図書室に居る生徒たちからは全くの死角にいることになる。
あたしはその事実に唇を噛み締める。
「すまんアンナ、妬いてたんだな。そんなとこも可愛いんだけどな」
耳元で葉がクスリと笑ったのが、感覚でわかった。
「なっ、何よ!」
あたしの気持ちも知らないで!
「しっ!皆に聞こえちまうぞ?」
葉はあたしの唇に人差し指を当て、黙らせる。
言われてあたしは口をつぐむ。こんなところを他の生徒に見られるわけにはいかない。
「なぁ、アンナ、オイラがどんだけアンナのことを大事に思っとるか知っとるか?」
知らないわよ!
「オイラが他の女子と喋ってても、気にする事ないんよ」
何よ!何よ!
「あんな風に、他の娘と仲良く喋ってるとこを見せられて、そんな言葉を信じろって言うの!?」
これは完全な八つ当たりだ。分かってるのに、あたしの口からはこんな言葉しか出てこない。
「・・・・・・・・・・」
葉が口を閉ざした。
そして、微かだけどあたしを抱きしめる腕の力も緩んだ。
その隙に葉の腕から逃れようと、あたしは思い切り身体を捻り、右腕を振り上げた。
けれど、それは叶わず、腕の力を緩めたと思った葉が、振り上げたあたしの右手首を掴んだ。
そしてそのままあたしの身体を反転させて向き合う形にすると、空いていた左の手首も掴んで、身体ごと後ろの本棚に押し付けてきた。顔の横で両手首を拘束される。
「・・・っ!」
背中を打って、その痛さに顔をしかめながら、葉を怒鳴り付けようとしたあたしは言葉を失った。
葉の表情が、あまりにも真剣で、あまりにも無表情だったから。
な、何よ・・・。
「・・・は、離しなさいよ」
葉の表情にあたしは声が小さくなる。
「・・・・・・・・・・」
葉は何も言わない。
掴んだ両手も離そうとしない。逆に握る手に力を込めてくる。
・・・怒ってる、の?
あまり見せない葉の無表情な顔。
葉は真っ直ぐあたしを見つめてくる。何も言わず、ただ、真っ直ぐ。
あたしは、その視線が痛くて受け止められなくて、思わず顔を背け、ギュッと目を瞑った。
「じゃあ、教えてやる」
葉が呟いた。と同時に唇に柔らかな何かが押し当てられた。
それが葉の唇だと気付いた瞬間、スッと離れた。
驚いて目を見開くと、そこには、先ほどまでの無表情とは一変した、いつものユルイ笑顔を浮かべる葉がいた。
あたしが呆気にとられていると、再び顔を近づけてきて、そしてまた唇を重ねてきた。
優しい口づけ。
「やっ、葉・・・」
あたしはその口づけから逃れようと顔を背けるが、葉はそれを許さず、尚も求めてくる。
唇をなぞり、離れてはまた優しく口づけることを繰り返す。
「・・・・・・んっ」
いつものように、強引に舌を絡めてくるとか、息が出来なくなるほどの激しい口づけじゃない。
唇の柔らかさを味わうような、あくまでも優しい口づけ。
あたしはそのいつもと違う優しさに、何も考えられなくなっていく。葉へ感じていた苛立ちも消えていくのを感じた。
両手を押さえられ逃げられない状況の中、あたしに与えられるのは甘く優しい快感。
葉はこんなにも真っ直ぐにあたしに想いを伝えてくる・・・。
「・・・・・・ふ」
しばらく口づけを繰り返していたけれど、ふいに葉は唇をあたしの耳元にまで滑らせた。
「アンナだけだ」
幾分低い、囁くように耳元に響く声。
「オイラにはアンナだけなんよ・・・」
そして、耳の近くの首筋にも優しく口づける。
ズルイわ、こんな状況でそんなこと言われたら…。
あたしは、崩れ落ちそうな膝を必死に支えながら、胸の奥が熱くなってくるのを感じた。
その言葉で、あたしの中から苛立ちがきれいに消え去り、かわりに葉への愛しさがこみ上げてきた。
再び葉は優しい口づけを繰り返す。
あたしはその優しさに、涙が溢れてきた。
拭いたかったけれど、両手を葉が掴んだままなので、それすらも出来ない。
「よ・・・ぅ」
後から後からとめどなく溢れる涙をそのままに、あたしはやっとの思いで葉の名を呼ぶ。
葉は唇を離し、真正面からあたしを見つめると、ユルイ笑顔を浮かべた。
「なぁ、アンナ。オイラがどんだけアンナの事を思っとるか、分かってくれたか?」
ヤキモチを妬いて、一人でイライラしていたあたしに、こんなに優しくその想いを伝えてくれた葉。
あたしは、泣きながらも、微笑む。
「・・・分かんないわよ」
もっと伝えたいことはあった。八つ当たりしたこととか、酷いこと言ったこととか、あたしの気持ちとか。
でも、言葉が詰まって何も言えなくて、結局あたしは可愛くない言葉しか言えなかった。
ごめんなさい、葉。ありがとう。
それでも葉にはちゃんと伝わったようで、あたしの両手首を解放すると、その腕であたしの身体をギュッと包み込んだ。
もうためらうことはなかった。あたしも素直に葉の背に手をまわす。
ねえ、こんなことしてもらえるのは、あたしだけだって自惚れてもいいのね?
あたしが葉の背に手を回した事で、葉は嬉しそうに頬をすり寄せてきた。
「うぇへへ、まだ分からんのか?オイラのアンナへの想いは、まだまだこんなもんじゃないんよ。じゃあ、オイラがどれだけアンナを大事に思っとるか、炎に帰ってからたっぷり教えてやるかんな」
そう楽しそうに笑うと、最後に葉はもう一度、今度は深く唇を重ねてきた。
教えて。あたしがヤキモチを妬かなくなるくらい、あんたのキモチを全て伝えてあたしを満たしてよ。
あとがき
hanaさんのサイト「Mt.Flowers」さまとの相互記念ということで、「攻め旦那」に挑戦してみましたv
ていうか、攻めですか、コレ?私にはこの程度が精一杯ってところですね。
強引なだけが攻めじゃないよね、と思ったので、優しい攻めをめざしました。
ヤキモチアンナに優しく攻める旦那さま。・・・のつもりが玉砕してますか?(笑)
でも、書いてて楽しかったですよv
こんなものでよければ貰ってやってくださいな。そして末永くヨロシクなのです。