sweet, bitter sweet 1
今日は結局、アンナとほとんど話せんかったなぁ…。
オイラは布団に入って、息を吐いた。白い息がふわりと離れていく。
冷えた身体が、妙にこわばっていた。布団にもぐりこんで身を縮め、指を合わせる。
何度かアンナに話そうとした。したけど、ついつい目をそらす自分がいて。
心に生まれた初めての感覚。アンナに触れたい。アンナの気持ちなんか関係なくて、ただ触れたいと願う。そんな勝手な願いを抱えていていいのか、罪悪感が渦巻く。そうして目をそらして、自分の気持ちもごまかそうとする――。
隠そうったって、うまくいくはずなんかねぇのにな。自分が楽じゃねぇなら、かくしたって意味がない。
ため息が漏れる。湿り気のある空気が、布団とともにオイラを包んだ。
「…アンナ」
思わずこぼれた声。
「葉…?」
呼ばれて、ガバッと起きあがった。――な、何……。
「アンナ?」
「葉、いるんでしょ?」
ふすまの方からアンナの声が聞こえる。
「開けるからね」
ガラリとふすまが開いて、アンナが部屋に入ってくる。一瞬廊下の明かりにアンナが照らされて、部屋の中にも光が入りこむ。すぐにそれも筋と呼ぶほどの細さになって、またふすまは閉じられた。
薄暗い部屋の中、アンナがオイラを見つめているのが分かる。変に緊張して、オイラは何も言うことができん。
風呂上りなのか、アンナはいつものワンピースから浴衣に着替えていて、最初に出会ったときを少し思い出した。裾から伸びる白い足や、少しゆるめの襟元に目が行きそうになって、オイラは慌てて視線をそらす。
「な、何なんよ、いったい」
「別に」
アンナはそう言って、オイラの布団へ近づいた。すとんと腰を下ろし、オイラの横でじっとオイラの顔を見つめる。
シャンプーのいい香りがしてきて、くらくらしそうになった。また、あの感覚。
オイラは目を合わすことができずに、うつむいた。唇を噛みしめる。
「あんた、あたしに何か言いたいことある?」
「うえ?」
言いたいこと?
「……ない」
「じゃあ、文句でもある?」
「…ない」
何が言いたいんだ。オイラはわけがわからずに、アンナの顔を見た。
「じゃあ…」
アンナは何か言おうと口を開いて、そして、何も言わずにうつむいた。
「…じゃあ」
アンナはもう一度、静かに口を開いた。「あたしのこと、怒ってるの?」
…はい?
「な、何でオイラが怒るんよ」
「じゃあ、あたしに会いたくなかった?」
「まさか」
そんなわけがない。オイラがどれだけ楽しみにしてたかアンナに…――見せたくないくらいだ。
アンナが顔をあげる。暗闇にも光る瞳を見て、驚いた。――泣いてる…?
けれど口調はいつも通り厳しく、アンナは続けた。
「じゃあ聞くわ。どうしてあたしと顔を合わそうとしないの?」
「……」
言えるわけがない。
黙ってキスしたことがどうのじゃない。(そりゃもちろんバレるのは恐ぇけど。) 問題は、そこじゃないんよ。
何も答えないオイラを見て、アンナの眉間にしわが寄る。――殴られる…! 直感的にそう思って身を縮めるが、予想していた衝撃がオイラの頬を打つことはなかった。
「あんた、今日、あ…たしと会っても、マトモに挨拶すらしてな……」
そこまで言って、アンナはまた顔を伏せた。
「……だめだわ」
アンナは、顔を伏せたまま言った。声が少し震える。
「あたし、強くなりたいと思ったけど、あんたに……嫌われていたら、そんな願いも、崩れてしまいそうなのよ……」
「アンナ…?」
何の話だ。オイラが、アンナをきらってる? 何でそんな話になってんだ?
「何言ってんだ、アンナ…。オイラが…っ――」
オイラが、顔を合わせられなかったのは。そう続けて、アンナに分かって貰うために肩に触れようと手を伸ばした瞬間、ドクンと心臓が跳ね上がった。
この感覚だ。触れたいと願う、どうしようもないほどのわがままな欲――。抑えきれずに溢れかえる感情。
気付いた時には、オイラの腕の中にはアンナがいた。細っこい身体が折れそうなほどにしなっていた。よくよく考えたら、こんなにキツく抱きしめたことなんてなかった。暖かいぬくもりと、柔らかな香りがアンナから伝わってくる。手は汗ばんできた。心臓がうるさい。
「葉…」
しっとりと囁かれたオイラの名に、アンナの唇に、息に、肌に…――。
吸い寄せられるままに、唇を奪った。何度も何度も、放しては、またきつく口付けた。
「ん…っ」
アンナの顔が赤く染まる。きゅっと目をつぶって、それでもオイラを否定しないから、オイラはただその欲のままにアンナの唇に触れていく。歯止めの利かないオイラの欲。
空気を求め、アンナが逃げようともがく。空気に触れされるその時間すら惜しんで、アンナの開いた唇を、オイラは無理やり自分のそれで覆った。空気の漏れる音が響く。
「ん………っ! ふぁっぅ…ようっ……!!」
アンナの腕が、オイラを剥がそうともがく。細い身体からは想像できないほどの力で押し戻されて、オイラはようやくアンナを放した。
息を乱すアンナ。涙が少しこぼれる。
オイラも大きく息をついた。甘い感触が唇を縛り付け、止むことのない欲の声が苦くオイラを震わせた。
抱きしめたかった。細い身体を、もう一度オイラの中に閉じこめたい。でも今度こそ全身で否定されるかもしれなくて、それが恐かった。
自分がこんなふうになることを、オイラはどこかで知っていたのかもしれない。
「こういう、ことなんよ…」
オイラはぼそりと呟く。
「オイラ、やらしいこと考えてアンナ見ちまう。だから、お前を見れんかった。――そういうことだ」
こんなこと自分から告白するなんて、どうかしてる。どうすればいいのか分からずに、泣きそうになった。
アンナに嫌われるかもしれないのに。ビンタすらされずに、ただオイラから離れていくかもしれんのに…――。
でもいいわけをしたって、この気持ちは消えない。いつか絶対に、オイラを蝕むんだろう。
「だ、だから…その、怒ってるとか、嫌いになったとかは…甚だ勘違いでありまして……」
俯いてボソボソと口の中で呟く。嫌いになったかどうかは、オイラがアンナに聞きたい…――そう思っていると、イキナリ身体が倒れて、視界がブレた。
「!?」
一瞬何が起こったのか分からなかったが、唇に触れる少し冷たいそれに気付いて、頬が熱くなる。アンナがオイラを押したおして、唇を押し付けていた。
少ししょっぱくて、苦かったのは、アンナの涙なんだろうか。
オイラは判別もできないままに、ただアンナからの甘いキスに酔いしれていた。
嫌いだとか恐怖だとか、そういうのはこの時には全部吹っ飛んでいて、だんだん熱くなる自分の身体と、アンナの柔らかな身体だけに意識を運ぶ。
唇を離して、小さく呟かれた「おバカ」。まったくその通りだと思ったことはあえて言わずに、ただ抱きしめた。
懺悔
これは…許されるんでしょうか……。
小学生です。ふたりは小学生……。
ル・ヴォワールを見る限り、精神発達のはやかったふたりなので、
意識するのもはやかったんだと思ってください…。
救われないことに、続きます、コレ。(汗)