夏休み 4



 「スイカ割りしようぜーぃっ!」
 どこから持ってきたのかは知らないけれど、ホロホロがスイカを高く持ち上げ、あのバカっぽい大声で叫んだ。
 足下にはまだ2、3個スイカが転がっている。まったく、いつ準備したのかしら。
 「用意周到だねー、ホロホロ」
「へへっ、まぁな」
「誰から割る?」
 チョコラブのその声に、ホロホロはまわりを見回し…――興味なさげにあたしたちに背を向けて、浜辺で寝ころんでいる葉に目をとめた。
 「おい、葉! お前からスイカ割れよ」
「うええ、オイラ?」
 葉は振り返って、もの凄く面倒くさそうな顔をしていた。どうしたっていうのかしら、あいつ。
 確かに面倒くさがり屋だけれど、こういうイベントには喜んで参加する方でしょう。
 「やりなよ、葉くん!」
 あたしの横に立つまん太が声をかける。
 葉はまん太に目をやって、あたしの方を見て。そしてすぐに、視線をそらした。
 あたしはその葉の仕草に違和感を覚える。何なの、あいつ。あたしから目をそらそうだなんて、いい度胸じゃないの。思わず手を振り上げたい衝動に駆られるけれど、ふと旅館での葉を思い出した。
 旅館の部屋でのあいつも、何だか少し様子がおかしかった。具合でも悪いのかしら?
 葉はいかにも乗り気ではなさそうに立ち上がって、あたしたちの方にゆっくりと近づいてきた。――どこか変なら、やめときなさい。そう言おうと近づきかけたとたん、葉は少し歩調を速めてホロホロのそばへ行った。
 何よ、突然やる気にでもなったのかしら……。
 「この棒、持ったらいいんか?」
「そうそう、んでこの布で目隠し」
「うえー、何も見えんぞ」
「当たり前だろうが」
 バカバカしい言い合い。
 けれどあたしは少し安心する。だってそうでしょう? 葉には元気でいて貰わないと、あたしまでおかしくなりそうだもの。
 「おーし、行くぞー」
 葉のどこか間の抜けた声が、浜辺に投げかけられた。
 そう言いながら、いきなりスイカからは遠く離れた方向へ歩き出そうとする。
 「ちがうちがう、もっと右だっ」
「お前、そっちは左だろうが」
「前、気を付けてねー」
「葉様、もう少し左……」
「葉クン、足下にカニが…」
「あーもうっ、お前ら一気に言わんでくれっ! って、え、カニ?」
 葉がその場に止まる。
 「そりゃ踏んじまったらかわいそうだな…。こ、この辺か?」
 おそるおそる足を前に出して、ちょいちょいと指先で砂を探る。足下の小さなカニは、見知らぬ敵に対してハサミを上げて戦いを挑もうとしていた。
 「葉、そんなことしてたら、ハサミではさまれちゃうわよ」
 あたしのその言葉に、葉ははたと止まった。
 「そ、それもそうだな……」
 足をひっこめて、所在なさげに固まる。
 「葉くん、大股で一歩あるけば君もカニも無事だよ」
「おお、そうか」
 葉は嬉しそうに笑って、高く足を上げて大股で一歩あるいた。カニは急にいなくなった敵に少しうろたえていたように見えて、あたしは思わず笑ってしまう。
 さんざん遠回りをして、あげくカニと一戦交えそうになっていたというのに、スイカを割るときは意外にあっさりしていた。
 「おお、これも阿弥陀丸との修行の成果か」
 目隠しをはずした後、葉が見事に割れたスイカを見て嬉しそうに言った。最初面倒くさがっていたとは思えないほどのはしゃぎようね。
 「何言ってんのよ、あたしの修行の成果でしょう」
「うええ、すんません」
 ま、あんたが元気になったんなら、あたしは何だっていいけどね。
 「それにしてもスイカ割るのにえらく遠回りしたものね」
「んなこと言ったってよー、結構難しいんだぜ、これ」
「ふーん……。一度方向さえ定まれば、そんなに難しくないような気もするんだけど」
「そんなこと言うなら、次お前がやってみろよ」
 葉にスイカを割る棒を手渡されて、あたしは躊躇う。面倒だとは思うのに、少し面白そうと思う自分がどこかにいるんだもの。何だかんだ言っても、あたしもまだまだ子どもみたいね。好奇心には勝てない。
 「――分かったわ」
 わざと渋ったような顔を作ってみる。「そのかわり、カニはちゃんとどけてよ」
「おお」
 葉はユルく返事して、あたしに笑って見せた。
 どうやら本当に元気を取り戻したみたいな葉を見て、あたしは心の中で密かに微笑んでいた。
 目隠しをされると、視覚からの情報はまったく無くなってしまった。
 ――本当に何も見えないのね。
 そう言いそうになって、あたしは慌てて口をつぐんだ。これじゃ葉と変わらないじゃないの。
 「おーっし、じゃぁ回すぞ!」
 ホロホロの底抜けに明るい声が突如右方向から聞こえ、けれどすぐさま葉の声が左の方から聞こえた。
 「回すんはオイラな」
「お? おお」
 有無を言わさぬ葉の口調に、ホロホロは押し黙る。
 なに、もしかしたら葉ってばヤキモチやいてるのかしら?
 葉のあからさまな態度に、蓮やまん太が笑っているらしいことが、空気で伝わってくる。
 そっちに意識を運んでいたら、突然葉の手があたしの肩を抱いて、ぐるぐると回しだした。
 回すのは3回って言うけど、これって本当に3回? 目隠しをしていると、やけに多く回されているような錯覚に陥る。
 「葉、あんた余計に回してないでしょうね」
「んな事するかよ」
 パッと葉の手が離されて、あたしはうろたえた。――どこに向かえばいいのかしら? とりあえず、足を前に踏み出さないことにはどうにもならないわよね。
 一歩前に踏み出すと、たまおの歓声が聞こえた。
 「わぁ、アンナ様すごいです!」
「ホント、葉くんとはえらい違いだね」
 ――ってことは、この方向で合ってるのね。あたしは少し自信が出て、一歩一歩とあるき続ける。
 「なんだよ、こんなに正確だったら言うことねぇじゃねーか」
「流石デスね、OKAMI」
「いや、むしろスイカ割り的にはつまんえねぇだろ」
 ――うっさいわね、あんたのギャグほどはつまんなくないわよ、チョコラブ!
 いっそこの棒であいつの頭を割ってやろうかしらとチラリと考えた瞬間、あたしは砂に足を取られてよろめいた。
 「ちょ…っ」
 チョコラブの呪いかしら。そんな考えが頭をよぎる。けれどそんな馬鹿げた考えも、次に起こったどよめきにかき消された。
 「アンナ様!」
 たまおの悲鳴にも似た声の次に、わき上がる男どもの歓声にも近いどよめき。――たかだかよろめいただけだってのに、何だって言うのよ?
 あたしは体勢を立て直して、その場にしっかりと立つ。
 ――今の一瞬の声は何?
 あっけにとられてその場に立ちすくんでいると、急に手首を掴まれた。
 「いたっ…」
 ギュッとキツく握られて、あたしは思わず声をあげる。でもこの手はいやと言うほど知っている手――葉の、手。
 「なにっ、どうしたの!」
 あたしが抗議の声をあげるけれど、相手は何も言わない。あたしの手首を掴んだまま、勝手に歩き出した。あたしは仕方なく、引きずられるような格好でついていく。乱暴に掴まれて、腹が立つけれど、同時にわけも分からないので怒る気にすらなれない。
 歩く拍子に目隠しがはらりと取れた。目に飛び込んできたのは、黒い千羽鶴のような葉の髪。光を浴びてキラキラと輝くけれど、その横顔には影が出来て、予想外に厳しいものだった。
 あたしは手首を掴まれたまま、葉の後につく。そのきつく結んだ口元の理由が分からずに、ただうろたえるばかりだった。


 そのままスイカ割りの場から離れてしまったので、あたしと葉がいなくなった後にこんな会話がされていたなんて、あたしは知るよしもなかった。
 「アンナさんがよろめいた瞬間、少し胸が見えそうになってたなんて……」
「言う勇気のある奴はいないだろうな…」
「バレたらあとで恐いだろうなぁ、あの嫁」
「いや…僕はむしろ連れて行かれたアンナさんの方が心配だよ」
「え……!!?」

――この後、まん太の心配は的中することになる。



















懺悔。


突如アンナ視点へ。

スイカ割りで少し元気が出てきたのに、アンナの胸元チラリ事件でまたヘコむ…
というか、むしろキレてしまった葉さんです。(笑)
心中穏やかではないでしょう。

この後アンナがどうなったか…神のみぞ知るですね。(え)