森羅学園にも学園祭が近づく秋の日、小さな事件が教室で発生した。
「…オイラに?」
目の前に差し出された袋を見つめて、葉は思わずもう一度聞き返した。「これを?」
「うん」
 差し出した本人は、にこりと笑って葉の手の中にそれを置く。イスを後ろにして葉と話をしていたまん太にもその袋を渡して、彼女は満足そうな顔をした。
 「この前、割り箸くれたでしょ? お礼ね」
 名前もまともに覚えていないクラスメートだったが、確かに箸がないと困っていた彼女に余っていた割り箸をあげた記憶があった。何故割り箸なんかをもっているのかといえば、理由は簡単だった。
 普段アンナと屋上で食べる弁当には、当然プラスチックの箸(アンナはリンゴの模様だった)があるわけだが、そいつを食事中にぽろりと落とすことが、稀にあった。アンナの不注意であることが4割、あとの6割は葉の「不注意」で、アンナが食事に専念できないときだった。
 一度落とした箸を、わざわざ洗いに行くのはとても面倒くさい。…葉が、だ。アンナが行こうとするはずもなく、そうすると葉は自分の休み時間を確保するためにあれこれ策を練るしかない。そこで思いついたのが、割り箸だった。
最近、百円均一なる便利なショップがHEIYUの中にできた。そこでは一袋に大量に入った割り箸を安価で手に入れることが出来、普段から節約した生活を余儀なくされている二人(主に葉)にとっては、心臓に優しい安息の地なのだ。
そいつを弁当を入れた袋に2、3本忍ばせておけば、落としたときに洗いに行く面倒が減る。実にありがたいものが世の中に存在するなぁと、葉は思うわけである。
そういった経緯のものであるから、葉は手の中に収まる袋を見つめてしばらく言葉が出なかった。中には手作りのクッキーが入っているという。
はっきり言って、そんな時間と労力を使ってできあがる甘い小麦粉のかたまりをもらうようなことは、何一つしていない。自分が彼女にあげたものは、銀色のコイン一枚を、その場限りの愛想の良いお姉さんに渡して手に入れるものだった。
そうかと言って断る理由も浮かばず、
「すまんな…こんなん考えとらんかったぞ」
と、呟いて受け取る形になる。
「ううん、こっちこそありがとね」
 彼女はそう言って笑って、葉とまん太がいた席から離れていった。その後ろ姿は、どことなくふわふわとしている。
「…僕まで貰って良かったのか、非常に微妙なんだけど」
 何故か手の内に収まる袋を見て、まん太は呟いた。その顔は引きつっているようでもある。
 「何でだ? くれるっちゅーんだし、貰っとけばいいだろ」
 確かにまん太はオイラ以上に何も渡していないわけだが、と葉は思う。居心地の悪さは自分以上かも知れないが、しかしだからといって一度貰ったものを突き返す方が礼儀に欠けるのではないか、と考えるのだ。
一般的なクラスメイトとの付き合い方を学ぶ機会が幼少から極端に欠落していた葉は、まん太にそう言って確認してみた。するとまん太はハァとため息をつくのだ。
「な、何だよ?」
「女の子の手作り菓子って、そんなに単純なものかな〜」
 手に持っている袋を横に掲げて横目で見ながら、まん太は分かったもんじゃないと言いたげに呟く。
 「まぁ、確かに割り箸の礼にしちゃでかいけど。礼に貰ったんだし、悪いことはしてねぇんじゃ…」
 葉はポリポリと頭を掻き、まん太を見る。「お返しだし」
「そのお返しが手作りってのがミソなんだよ、葉くん」
 まん太は葉の言葉を否定するかのように、更にハァとため息をついた。