BIRTHDAY
「誕生日って、いつなんだ?」
――ないわ。
そう答えたら、あんたは少し悲しそうな顔をしたっけね。(別に、あんたが悲しむことなんて何もないのに。)
そうして、笑って言ったわね。――“じゃあ、今日が誕生日だ。”
文句なんて無いわ。(あるのは感謝。)
けれど、ねぇ、葉。あたしはあんたに感謝できるけど、あたしの命に、感謝できる自信がないの。(なんて言ったら、またあんたは悲しい顔をする?)
あんたの愛が足りないわけじゃない。あたしの愛が、届いていないはずもない。
満たされた生。
けれどね、葉。あたしは生まれて、あんたに逢って、あんたの存在に、あんたが生まれたことに、感謝はできるけど。
あたしの命に、感謝できる自信がないわ。(なんて言ったら、やっぱりあんたは悲しい顔をするでしょうね。)
「アンナの誕生日って、冬っぽいな」
静かに静かにつもっていく白い綿のような雪を、窓辺に立って見ながら、葉が言った。あたしは読んでいた雑誌から顔を上げて、葉を見た。他意はなさそうな横顔は、なんだか少し楽しそうにも見える。
「なに言ってんのよ」
あんたが、あたしの誕生日を決めたんでしょ?あたしは素直に従う気なのよ。
「あたしとあんたが会ったのは、冬じゃない」
「おお。オイラが決めたアンナの誕生日は、あん時から一年後だったもんな」
葉は、雪を降らす灰色の空を眺めていた。――何をそんなに楽しそうにしているの?
あたしは怠惰にも炬燵から出ようとはせず、窓から離れたその場から、葉と同じ空を見上げようとした。あたしの見える灰色は小さくて、白い雪だけが上から下へと通り過ぎていく。葉には、もっと大きな空が見えているのかしら?(それが美しければいいのだけれど。)
「でもさ、アンナの本当の誕生日も、冬っぽくないか?」
葉は振り返った。いつものユルイ笑顔で。あたしは、“さあ。”とだけ答えて、葉から目をそらして、また窓の外を見た。
「――木乃にきいてみれば、分かるかもしれないけれど」――(興味がないわ。)
誕生日に何をすればいいかも知らない。何を喜べばいいのか分からない。ケーキを食べて、楽しむだけなら、そんなの週ごとに一回だってできてしまうでしょう?(なんなら、明日から実行してみてもいいわ。)
葉の決めた誕生日だけは、葉とあたしの誕生日だから、だから、大切にしているのよ。(それも、あんたに感謝してるわ。)
「あんたがくれた誕生日、だけで十分なんだけど」
他の誕生日はいらない。あたしの生など、喜べもしない。
「そう言うなよ」
葉はユルく笑った。
「こたえの見つからないもの、想像するのって楽しくないか?」
――それであんたは、そんなに楽しそうなの?(あたしの本当の誕生日の、予想をたてていたってわけ?)
「こたえの無いものって、イライラするわ」
葉は少し声を上げて笑った。そしてあたしのそばへやってきて、うしろから軽く抱きしめた。首筋に葉の唇が触れて、あたしは少し身震いする。
「じゃあこういうコトする理由、考えるのも無駄だよな」
――そうね。
こたえなど無いわね。あたしはただ、あんたとの時間を楽しむだけだわ。
葉があたしの腰を抱いて、炬燵から引きずり出そうとするので、あたしは思わず声を立てて笑った。くすぐったいのと、なんだかその行為が妙に子どもっぽかったのと。
笑い声の漏れるあたしの唇も、葉にふさがれてしまった。少し強引な葉の態度は、あたしを彼にのめりこませる。背中にあたる畳の感触が、痛いのも気にならないほどに。
ねぇ、葉。わずらわしい世界に生まれ落ちたことを考えると、あたしはあたしの命を喜べないの。
いつもユルイ顔して笑ってるあんただって、わずらわしい運命に出会った自分の命を、素直に喜べるのかしら?
あたしとあんたが出合って、大切な命に出会えたこと、感謝できるけれど。最初からあたしという存在など無くて、あんたという快楽を覚えることもなかったら、それはそれで幸せだったのかもしれないわ。
そう思うと、あたしは生まれ落ちたことに心から感謝できないの。
あんたという幸せと、あんた以外のわずらわしさを両天秤にかけたら、いったいどちらが重いのかしらね。
こうしてあたしたち抱き合って、ひとつになっても、わずらわしい世界の中の、慰めでしかないのだとしたら。(それは悲しいことに違いないわね。)
あんたを快楽としか見れなくなったら、どうぞあたしを突き放してちょうだい。(そんな日は、来ないと思うけれど。)
ねぇ、あんたがあたしを、こうしてむやみに粗忽に抱くのは、あんたの命を慰めるため?
あたしの命を、抱いていてくれていることになるのかしら。
あたしはそれを、望んでいるのかしら。
目が覚めたら、あたしは裸のままで、ひとりで、寝ころんだままぼんやりと窓の外の雪色を見ていた。視界の端に黒いかたまりが見える。きっとあたしが着ていたワンピースだろう。
葉がいない世界はなんだか時がゆっくり進んで、この部屋にある沈黙と一緒に、あの外の雪と同じように、あたしまで溶けていきそうだわ。(何より、寒いわ。)
今あたしを暖めてくれそうなのは、横に並んでいる炬燵くらいかしら。(あたしを抱きしめてはくれないでしょうけど。)
襖の開く音がして、緑色の毛布を抱えた葉がひょっこり顔を見せた。
「うおっ、起きてたんか?」
「今起きたのよ」
葉はすまなそうな顔をしている。あたしは起きあがって、葉の顔を見上げた。
「寒かったろ。すまん」
アンナが起きる前にコレ取りに行こうと思ってたんだが。そう言って、あたしの身体を緑色の毛布で包んでくれる。(ああ、あんたは本当に、あたしを暖めてくれるのね。)
「ねぇ葉」
「ん?」
あたしは同じ緑の毛布で、顔と顔を、目と目をつなぎ合わせるようにして、葉を包んだ。
「あんたは、あんたが生まれたことに感謝できる?」
「んん?」
葉はあたしを見上げながら、とまどった表情を見せる。
「オイラが生まれたこと?」
「ええ」
「アンナじゃなくて?」
「あんたよ」
葉は複雑な顔をして笑った。あたしも少し笑いがこみ上げた。今の言葉は、あたしの生に感謝してくれてるってことかしら?
「あたしも、あんたが生まれたことには感謝できるのよ?」
「おお」
でも、そうじゃないのよ。あんたが、あんたの命をどう思ってるのかが知りたいの。ねぇ、あんたはあんたの生に感謝できる?
「オイラにゃ分からん」
葉は毛布の中であたしを抱きかかえて、膝の上に座らせた。言葉がつむぎだされる唇が、あたしの目の前。望んだものを与えてくれないそれを、あたしはふさいでしまいたいと思った。
「でもな」
(なに?)
「オイラ、アンナが喜んでくれるんなら、オイラが生まれてきたことにも感謝できると思うんよ」
葉はいつもの通りユルく笑う。
それは、あたしの望んだ言葉ではなかったのだけれど、あたしはなんだか満足してしまって。(なんだか、こみ上げてきて。)
そのこたえで、許してしまおうと思った。(ああ、あんたは本当に、あたしの命を抱きしめてくれるのね。)
あんたが、あたしの命を喜んでくれるのなら、そうね。あたしも、あたしの命に感謝できるかもしれないわ。
あたしが喜んでいるのが、葉にも伝わってしまったみたい。葉は楽しそうに、ますますきつくあたしを抱きしめた。
窓の外、大粒の雪が、音を立ててつもっていく。白色のまぶしい光に包まれて、粉々になったガラスのように容赦なくあたしへ飛び込んでくる。
ああ、あんたも今生まれたのね。
――(美しければいいのだけれど。)
葉の中ではこの情景など、とっくに見えていたのかも知れない。
懺悔。
初っぱながコレってのもどうなんでしょうか。
これは万辞苑を読んでアンナの誕生日が「不明」となってたために思いついたモノ。
ああ、拾われたんだからそっか、と思って。(気付くの遅いです。)
当時は7/22という数字すら知りませんでした。
コレを書いてた始めの頃は本当に雪が降っていた時期でした。(古い話だ。)
2人の描写が半端にエロでごめんなさい。思い切りが良くない文に…。