決定前夜
「あなたを麻倉に縛り付ける気はないのよ」
あたしを呼び出した茎子が、唐突にそんなことを言った。
月の光だけが、この部屋を照らす。静かな夜だった。
「あなたが葉の許嫁となってくれるのは、葉の成長のためにも必要なことなの」
でもそのために、あなたを縛り付けたくはない。――茎子はそう付け加えた。
「許嫁が、時代錯誤なのは分かっているわ。あなたが断るのなら、無理にとは言わない。お母さんたちには私から言うわ」
茎子はあたしを見つめた。
あたしも茎子を見つめ返した。
「――あなたが許嫁に決定したら……」
茎子が少し、言いにくそうにする。
「上京して、葉と一緒に暮らして貰うわ」
ああ、そういうこと。
今まで話が見えなかったけれど、ようやく分かってきたわ。
茎子はそれを躊躇っているのね。
「あのバカが、あたしに手を出すとは思えないのだけれど」
そんな甲斐性があるとも思えないわ。
あたしの言葉に、茎子が少し驚いた顔をする。
「それもそうなんだけど、ね……」
茎子は何か思うところがあるらしく、しばし空を見つめる。
――子を成せと言われるのなら…それを麻倉が望んでいるのなら、あたしは素直に、葉に抱かれるでしょう。
けれどそれは、許嫁の義務だからじゃない。
あたしが縛られたのは、そんなものではない。
何を今さら躊躇う必要があるのかしら。あなた達は既にあたしを縛り付けたのに。
「あたしならば既に」
既に、もう。
「心を葉に縛られている」
茎子はあたしを見た。
「あなたたちがあたしをこの家に縛り付けたのを罪と言うならば」
――それを、罪と呼ぶならば。
「あなたたちが、あたしを葉に出会わせたことが罪のはじまりよ」
あの時。葉と出会ったあの時から、もうあたしは逃れられないの。麻倉から……葉から。
「話はそれだけ?」
あたしは茎子のもとを離れた。躊躇う必要など何もない。
あたしは葉の許嫁に。――「候補」から、正式な許嫁に。
それは明日、葉明から言い渡されるでしょう。
あんたのそばに行けば、あんたに縛られたあたしの心も、少しはラクになるのかもしれない。
あんたに縛られ、あんたをひたすら求めているあたしの心も、少しは落ち着いてくれるのかもしれない。
あたしは葉の許嫁に。
それは明日、葉明の口から…――。
懺悔。
許嫁に決定する前夜、上京前のアンナ。
題名は「のび太の結婚前夜」を意識してます。(笑)
許嫁になって一緒に暮らすって、よくよく考えたら凄いことですよね。(今さら。)
何となく、茎子さんがそのあたりを気にしてくれたらなぁ…と思って書いたもの。
当のアンナさんはそんなこと気にしちゃいませんが。(笑)
でも結構、許嫁に決まったことを言い渡されるのは嬉しかったのではないかと。
(ハイ、夢見まくってます。)
因みに茎子さんが不安なのは、葉の父親が父親だからです。
意外と手がはやい、と……。(笑)