髪切りのきまりごと


 「アンナ…髪、伸びたな」
 昼食にと葉が作ったソバに、あたしの髪が入りそうになるのを見て、葉が気付いたように呟いた。
 「…そうね」
 ちょうど、ソバの中に髪が入らないように密かに四苦八苦していたあたしは、ズバリと指摘されてばつが悪い。
 「久々に切るか」
 葉がユルい笑顔であたしに言う。その言葉の内にある含みを知りながらも、あたしは肯いた。
 「そうね。お願いするわ」
 昼食を食べ終え、片づけた後、葉はそそくさと新聞紙をもってきて縁側に広げる。あたしはその上に座って、ハサミやら櫛やらを横に広げる葉を目で追った。楽しそうな顔。…というより、にやけてるのよ、あんた。
 「このくらいか?」
 葉があたしの髪を手に取り、切る場所を指し示す。
 「任せるわよ」
 今まで切ってもらっても失敗と判断する結果には陥らなかったし。不器用なようで意外に器用なこの男の手に、あたしの髪を預ける。
 「んじゃ、切るからな」
 櫛であたしの髪を梳いた後、ジョキジョキというハサミの音が静かな縁側に響いた。時々また櫛で梳いては、またジョキジョキという音がする。
 髪を切るのに夢中になったあたしの旦那は、櫛を手に持つのも忘れて、あたしの髪を手で梳いて、またハサミで切りだした。ごつごつとした男の手なのに、柔らかに髪を撫でるその感触の心地よさに、眠気が引き起こされた。うとうとしていると、ふと、葉の手が止まっていることに気付く。
 「? 葉?」
「ん…ああ」
 あたしの声に、我に返る葉。
 「アンナの髪、いい匂いがするなぁ」
「おバカ。恥ずかしいこと言わないで」
 この男は何を言い出すんだろう。あたしは眠気もどこかへやって、葉をとがめる。
 「はやく切りなさい」
「ん」
 さらさらと髪をいじり、髪の長さが揃っているかを確かめるような仕草をしながら、葉はあたしの髪をかきわけた。
 首筋に、葉の唇が触れる。
 「…っ! おバカ、あんた何考えてんの!!」
「う…おおっ、アンナ、動くなよ。ハサミが刺さっちまうぞ」
「余計なコトしたのは誰よ!?」
「す、すんません」
 バカな男にさらなる怒りをぶちまけたいのだが、ハサミが刺さるのは願い下げたい。あたしはうしろを振り返ってビンタをすることも叶わずに、ただおとなしく前を向く。
 「もう、いいからはやくして。――また余計なコトしたらおやつぬきだからね」
「うい…」
 葉はおとなしく髪を切りだした。
 黙って眠ってなどいられないと思いながら、ふと、髪を切るたび毎回同じようなことを繰り返している自分たちに気付き、思わず笑いそうになる。――葉に顔を見られないことだけが救いだわ。
 と思ったら、葉はあたしのサイドの髪を切るために、横に回ってきていた。目があって、思わず顔が赤くなる。
 「アンナ…かわいいな」
 今度こそそのにやけた横顔をはたいてやった。
 数分後。頬を赤く腫らした葉が、満足げに言った。
 「うし、できたぞ、アンナ」
 鏡を持ち出してあたしに出来栄えを見せる。――まぁ、
「合格ね」
「そりゃよかった」
 ユルい笑みと声を発しながら、葉が鏡をひっこめる。
 「いっつも思うんだが、お前の髪って柔らかいよなぁ」
 腰を浮かして座りながら、新聞の上に落ちた髪をひとかたまりに集めて、葉が言う。
 「何言ってんの、あんたの髪だって…――」
 言いかけて、やめた。葉の髪に触れるなんて、シチュエーションが限られている。その手触りだけでなく、あたしの唇に触れようとする葉の真剣なまなざしまで思いだしそうになり、押し黙った。
 「ん?」
「何でもないわよ」
 あたしは立ち上がって、服に付いている切られた髪をごまかすように払う。ある程度はこれで落ちるけど、まだ細かい髪が服に残っている。
 葉も立ち上がって、同じように服に付いた髪を、新聞紙の上に落としてゆく。
 その動きを見つめていると、はたと目があった。
 「ま、これじゃ落ちきらんよな」
「…そうね」
 葉が手を差し出す。その手に触れると、ぐいっと引き寄せられて、あたしの髪はもう片方の手でいじられた。
 「髪…洗い流さんと、まだ細かいのが残ってるぞ」
 さらさらとあたしの髪をすくいながら、葉が言う。
 「そうね…」
「服も脱がんと、払いきれんしな」
「…ええ」
「んじゃまぁ、風呂に入るしかないよな」
 ――そうかしら?
 そう思ったことはあえて黙っておく。わざわざ言葉で否定することもない。
 これも、毎回のこと。きまりごとには肯定すら意味をなさない。
 意気揚々とあたしの手を引きながら、風呂場へ向かう旦那の顔を見て、まったく本当に誘い上手だと、感心するしかなかった。
 髪切りの後にあるこのきまりごとを知りつつ、毎回旦那が髪を切るのをよしとするあたしもあたしなのだけど。
 背中を這い、ワンピースのチャックを下ろそうとする葉の手を感じて、あたしはその柔らかな髪に触れ、彼を引き寄せた。















懺悔


アンナの髪は誰が切ってるんだろうとふと思いをはせ、
美容院に行って見ず知らずの人間に髪を預けるようなことはしないよな…
ということに気付きました。
信頼した人間にしか許さなさそうです。
(そもそも髪切りネタになったのは、わたしが自分の前髪を切るのに失敗したからだというのは恥ずかしい話。)

旦那は不器用そうで器用。少なくともアンナの髪に関してはそうなんだと思っておいてください。
ちなみにわたしは、葉は不器用だと思います。←オイ


結局最後は一緒にお風呂に入ったってこと…分かりますよね、ね?(自信なさげ)
要するに嫁さまは全て容認の上で旦那に髪を切らせたわけです。(笑)
そんなきまりごと。(え)





謝意


これは相互を快く承諾してくださった霧浅野まゆ様に捧げますv
本当にありがとうございました!

少しでもまゆ様に近づこうと、とにかく甘くを目指したんですが…
限界があったようです。(笑)
こんな奴ですが、これからもよろしくお願いします!