陽だまりの詩


 オイラは朝からそわそわ落ちつきなく、家の中をうろちょろしとった。
 「少しは落ち着きなさい」
 そう妻が言うが、そういうお前だっていつもより少し落ち着きがないじゃないか、と心の中で思う。壁にかかる時計をちらちらと見とるのは、同じく時間が気になって仕方ないオイラにはお見通しってもんだ。――自慢にはならんけどさ。
 「もう、あんたがそんなだったら、花にバレちゃうわよ」
「んなこと言ったってよ……」
 座りなさいと命じる妻に従って、オイラは食卓につく。でも座ってもこう、突然立ちたい気分になると言うか、大声でも上げたい気分になると言うか、とにかく落ち着けるはずもなかった。
 ああ、どうすりゃいいんだ、と思ってると、息子が居間に顔を出した。まだ浴衣のオイラとは違い、しっかり服を着て、まだ半年ちょっとしか使っていない黒くまぶしいランドセルを背負っている。
 「じゃあな、オイラ行ってくるから。父ちゃんと母ちゃんは来なくていいからな!」
 花は(アンナ譲りか)厳しくそう言って、玄関の方に姿を消した。ガラリと扉が開く音と、靴音がして、花が学校に向かったことを知る。
 「…行ったな」
「さぁ、あんたはとっとと着替えてきなさい!」
「うい…」
 間違いなくアンナ譲りだと確信しつつ、オイラは部屋に向かった。
 「来なくていい」という息子に黙って。オイラたちは初めて、授業参観ってモンに出かけようと思っている。今までだって行こうとしたんだが、どうも旅館経営と折り合いがつかんくて…。泣く泣く諦めてきたわけだが。
 今回は大丈夫だ。いける!
 オイラは心ん中でガッツポーズを作りながら、手早く服を着替えた。
 日曜参観――親として行くことがこんなに早いとはさすがに思っとらんかったが――さて、どんなもんなんか。
 気張る必要もねぇんだが…オイラは授業を受ける息子の姿を思い浮かべてはそわそわ、そんな所に立ってる自分を想像してはどきどきした。
 「――なぁアンナ、どう思う?」
「なにが」
 家を出てすぐ、小学校へ向かう道を歩きながら、オイラはアンナに話しかけた。
 「花さ。うまくやってんのかな、あいつ」
「…さぁ。うまくいってなくても、その時はその時でしょ」
「ああ……」
 そうなんだけどな。
 教室の前に立ち、足がすくみそうになる感覚を、少し思い出した。中身なんてほとんど入ってないのに、背にのしかかるランドセルが異様に重かった。あの時は――何とかなるとは思えなくて、何とかしたいと、そう思っただけだった。
 不安だと、口に出して言ってしまえばいいんだろうか。オイラは息子を信じてやれてない気がして、それは躊躇われたから、だから、言わなかった。
 そんなことを考えながらのろのろ歩いてたら、少し時間に遅れてしまったらしい。早起きしたのに、遅刻するなんてまぬけな…。
 開いたドアから、教室の中をのぞき込む。花と同い年くらいの(いや、同じ年なんだが)生徒たちが、ハイハイハイと手を挙げ、騒がしい授業がおこなわれていた。教室の後ろにはズラッと大人たち。
 花の席がよくわからないまま、オイラは教室に足を踏み入れる。何人かの大人たちと目が合い、少したじたじとなった。なんだかみんな、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をしてオイラとアンナを見ている。
 「…?」
「葉…」
 アンナがオイラの服の袖をくいくいと引く。
 「ん?」
「花、あそこ」
 アンナの指さす方を見ると、窓側の席に座り…さっきの大人たちの顔以上に驚いた表情を見せる息子がいた。口を大きく開け、目を見開いて、口がわずかにパクパクと動く。
 まさかくるとは思ってなかったんだろう。信じられないといった顔でいつまでもこちらを向いているから、前を向けとジェスチャーで伝える。
 花はハッと我に返って前を向いたが、やっぱり気になるのかちらちら見とった。おもしろくて思わず笑みが漏れる。
 「あの子…ちゃんと勉強してるんでしょうね……」
 アンナから怒りのオーラがただよってきたんで、何故かオイラの方がビクッとなった。
 「だ、大丈夫だろ」
「麻倉くん」
「ういっ」
 ――思わず返事しちまった。
 教壇で先生が目を丸くしているのを見て、オイラは冷や汗が流れる。呼ばれたのがオイラなわけねぇじゃねぇか…!
 「スミマセン…」
 まわりの大人たちの視線も感じて、オイラは苦く笑うしかない。そんなオイラに対して、横からアンナの怒りがひしひしと伝わってきた。うわぁあああ、今度は間違いなくオイラへの怒りだぞ。
 「はっ、花、ほら、お前だぞ」
 オイラはごまかすために、息子に話を持っていく。
「父ちゃん…」
 花はあきれた顔でオイラを見る。うう…花までそんな顔を……。
 「えーあの人、花くんのお父さん?」
「え? あ、ああ」
 隣の席の女の子が、興味津々というふうに花に話しかける。花はそんな質問に対して、けろりと答えた。
 そっから、花のまわりの子たちが騒がしくなる。
 「お前のお父さん、若くねぇ?」
「ねぇ、隣の人は花くんのお母さんなの?」
「お母さんキレー」
 子どもたちの視線がオイラとアンナに注がれた。そのパワーに圧倒されそうになりながらも、オイラとアンナは少し微笑んでおいた。――子どもの勢いには、さすがのアンナも押され気味だ。
 「も、もういいだろ、そんなこと」
 花は少しつっけんどんにそう言う。
 「あー、お前照れてねぇ?」
「うるせぇ」
「ははは、照れてるー」
 花のまわりの子たちが、わいわいと騒ぐ。花は照れて少し赤くなった顔で、「もういいだろー」と小さく言っていた。
 オイラは少しだけ…本当に、少しだけだけど。
 ――泣きそうになった。
 あいつは、ちゃんとこの教室の中に自分の席を持っている。
 ここは出雲じゃない。畏怖の目も、冷酷な空気もない。
 あいつには、ちゃんと笑い合える友達がいるんだ。
 教室の中はあったかい。
 オイラは少し、泣きそうになった。
 「――葉」
 アンナが、オイラの手を握る。はっと顔を上げて、アンナの方を見た。少し優しく微笑まれて、心がじんわり温かくなる。
 オイラには妻がいて、息子がいて。あの日、ランドセルを背負ったまま足の動かなかったオイラは、もういない。
 「バカね」
 アンナが何もかも見透かしたようにそう言うから、オイラは言葉にはしないで、ただ手を握り返した。
 嬉しいのは、たぶんアンナも。
 教室に溶けあう花を見て、オイラたちは自然と笑みがこぼれた。
 ここは、花の教室だ。大丈夫、心配なんかしなくたって、あいつはちゃんとやってる。
 もう一度先生に名を呼ばれ、立ち上がって教科書を読み出した花の姿を、オイラは瞳に、記憶に、刻み込んだ。
 教室の中に花の声が響く。
 教室の中は、あったかかった。
 
 「なんで来たんだよ、ふたりとも!」
 炎…いや、ふんばり温泉への帰り道、花は腕を組みながらぶつぶつ文句をいっとった。
 「旅館はどうするんだよ! 客だっていたじゃないか!!」
「あんたの勇姿を見ておこうと思ってね」
「んな…っ!」
「なかなかかっこよかったぞ〜花。ちょっと漢字読み間違えてたけどな」
「き…聞いてたのか……?」
「あたりまえだろ」
 そのために行ったんだ。オイラは息子の頭をぐしゃぐしゃっといじって、にっと笑う。
 「お前の友達、みんな元気だなぁ」
「あ! みんな父ちゃんと母ちゃんがカッコよくてキレイだってさ。オイラ恥ずかしかったけど、ちょっと嬉しかったな〜」
 笑顔で言う花に、オイラとアンナは顔を見合わす。花が喜んどるのは嬉しい。
 しかし…アンナが綺麗なんは分かるが、オイラが格好いいとはとても思えんぞ。
 「父ちゃんは腹も出てねぇし毛があるってさ。ホントはちょっと毛が少なくなってることは黙ってたからな!」
 その言葉に、オイラは苦笑するしかない。アンナも吹き出していた。
 「生意気だぞ、花!」
「へへ」
 逃げようとする花を、しゃがんでガバッとつかまえ、その頭をぐりぐりといじる。
 「うわああ、やめろー!!」
 言葉とは裏腹に楽しんでいる花の姿に、笑みがこぼれる。
 「母ちゃんは、文句なしにキレイだしな。まぁオイラの母ちゃんだから当たり前だけど」
 オイラの腕の中で、花は自慢げに言った。
 「あら、言ってくれるじゃない」
 アンナはニッコリ笑ってみせる。――いやまったく、本当に綺麗です。
 父子揃ってこいつにすっかり惚れてんだ。アンナをポ〜っと見つめちまってる自分たちにハッと気がついて、オイラたちはハハハと微妙な笑い方をして離れた。
 夫婦になったってのに、未だにオイラを魅了して止まないアンナ。
 オイラたちの前を、ちょこまかと元気に動き回る花。
 陽のあたる道路の上、オイラはぽかぽかとあったかくて仕方なかった。
 「ところでさ、何で二人とも来れたんだ? 旅館は竜だけ?」
「あーいやいや、心配すんなって」
「?」
「心優しいお手伝いさんが来てくれてるのよ」
「??」
「いいからいいから。まぁ散歩でもして帰ろうぜ」
「? まぁいいや」
 そう言って嬉しそうに笑い、オイラとアンナの手を握った息子に、ふたりして微笑んだ。
 たまにはこういうのも悪くねぇな。
 親子3人で手をつないで、オイラたちは陽だまりの道を歩いた。天気がいいと、気持ちいいもんだ。
 青く輝く空を見上げて……これからもこんなふうに生きていけたらいいと、そう思った。




〜一方、ふんばり温泉〜
 「ちっくしょー! あいつら親子団欒がしたいからってオレら呼びつけやがって!!」
「黙って手を動かせ、ホロホロ」
「素直にスリッパ揃えてる奴が偉そうに言うんじゃねぇぜ、蓮」
「うわああ、黙れ貴様!! ――あ…」
「客だ」
「「…いらっしゃいませぇー!」」



完。












懺悔

な…何だか……えーと…ごめんなさい。
ちょっとしんみりを目指したのですが目指しきれず、
最後はギャグ調か? という出来で……。

旅館にはホロホロと蓮が呼び出され、働かされた模様。
最後はやけくそ気味なふたり。(笑)


自分を思い出しながら、花くんを見つめる旦那。
出雲とは違うこの地で、楽々に生きて欲しいなーと思います。

しかし今の小学校ってどんなんなんだろう…。







謝意

この話は、1080HITのキリリクをして下さったyuki様に捧げますv
大幅に遅れた上、このような話で申し訳ありません…

授業参観ネタ。何だか切ない物になってしまいました。
もっとほのぼのだったら良かったんですが……。
こんなのですが受けとって下さると嬉しいです。

ではでは、本当にありがとうございました。
こんな奴ですが、これからもどうぞよろしくお願いします!