春と桜と便所サンダル
ぽかぽか陽気の日射しの中、オイラとアンナは、花見に出かけた。
別に花見、っていうほど大げさなもんじゃねぇんだが、なんとなくふたりで桜が見に行きたくなったんだな。
修行の合間に「行こう」と誘ったら、意外にもあっさり了承の返事が返ってきたもんだから、オイラは驚くと同時にあったかい気持ちになって、頬がユルユルと緩む。
冬場は寒くて、便所サンダルはちょっと勘弁なんだが、この時期になると素足でも平気だな。アンナはまだちょっと寒そうだったが、自然とお揃いの便所サンダルをひっかけていた。
何もない家だが一応カギをかけ、サンダルに任せてゆっくりな歩調で歩き出す。炎の向かい側にもちょろちょろと花は咲いとった。ピンクの花が、風に任せてゆらゆら揺れている。
「気持ちいいなぁ」
春らしい陽気に誘われ、陽気になっちまうんだから単純だ。
「そうね…」
アンナも表情を柔らかくして、歩きながらピンク色の花を目で追ってる。
花と一緒にアンナの髪もひらひら風に舞って、いい匂いが鼻をくすぐった。甘い香りだ。
「…アンナ、お前香水かなんかつけてるか?」
「…何のためにあたしがそんなことしなくちゃいけないわけ?」
「……」
そりゃもっともだ。アンナが香水をつける意義って何だってんだ。
「じゃあこのいい匂いは何なんよ?」
「…さぁ」
アンナはぶっきらぼうに言って、スタスタ前を歩いていった。
「あ、おいアンナ…」
「何よ」
「どうせなら一緒に歩こうぜ」
「……」
アンナは歩調をゆるめて、オイラが追いつくのを少し待ってくれた。
何で急に歩くのが速くなったのかオイラにはさっぱり分からんくて首をかしげたが、でも待ってくれたんなら怒ってる訳じゃねぇよなぁと頭を掻いた。
ふたりで並んで、点々と咲く桜の木を眺めて、まったり風を受けて歩いて――。
気持ちよさと心地よさに、ユルユルしっぱなしだ。
だから目的の花見場所に着いたときにはオイラはかなりのご機嫌で、アンナにあきれた顔で――でもどっか優しい顔で見られてた。
「良かったわね、ここの桜も満開で」
「おお」
持ってきたシートを適当に敷いて、便所サンダルを脱いで、シートの上にさっそく寝っ転がる。ピンク色の花が目の前にパアッと広がった。
墓地の桜は綺麗だった。
きっとまん太なら「何で墓場!?」と言うだろうが、のんびり落ち着いてていいんだからいいんじゃねぇかな。
猪口浜まで歩くのはちょっとばかり無理だが、近所の墓地でも十分だ。のんびりしてるし、彼岸でもない平日にあんまり人はいねぇ。
霊たちはその辺で、同じように桜を見てた。ひらひらと手を振れば、笑顔で手を振って返してくれる。
「こんなとこで友達作ってんじゃないわよ」
「うぇっへっへ」
アンナの言葉に、思わず笑う。
オイラの横で、アンナは座って本を読んでいた。のんびりぽかぽかした空気の中で本を読むのも、それなりにいいのかもしれん。――オイラは本っちゅうのがあんまり好きでないから分からんのだが。
ごろんと寝っ転がって、また視線を桜に戻した。ゆらゆら揺れて、見てるだけで気持ちがいい。
「なぁ、アンナも見てみろよ」
「桜はもう十分堪能したわ」
アンナはそう言いながらも、本から顔を上げた。その時またアンナの髪がさらさら揺れて、いい匂いがふわりと襲ってきた。
「アンナの髪…いい匂いだなぁ」
「…」
アンナがオイラの方を向いたのが、横目で見えた。
「そっか…髪の匂いだったんだな……」
目をつぶって小さく呟く。ようやく合点がいった。
シャンプー同じなのに、オイラと全然違うんな…。体の匂いだって、全然違う。アンナの肌は、男のオイラより断然柔らかくて、もっといい匂いだ。
やっぱアンナは女子なんだと改めて意識したら、春の陽気に似つかわしくない考えが一瞬浮かんで、オイラはあわてて首を振った。
「葉…あんた何考えてるわけ?」
「いっいや、何でもねぇけど!?」
裏返った声で言っても説得力はないんだろうが、こんな陽気の中、考えたことを悟られたらあまりにも情けなすぎる。
オイラはとりあえず(あからさまな)否定をして、もう一回桜を見上げた。
ごまかそうという浅はかな魂胆だったが、ゆらゆら揺れる花びらに、オイラの心ものんびりして、思わず笑いがこみ上げた。
「アンナ、たまにはいいよな、こういうの」
「……」
はぐらかされたと思っとるんだろう、アンナはオイラを睨んだが、やがてゆっくり肯いた。
「あんたの考えてることが分かれば、もっといいんだけどね」
アンナは半分睨んだまま、そう言った。
たぶんあの力を取り戻したいとかそういうんじゃなくて、深い意味はないんだろう。冗談(とも言えんが)でそんなことを口にできるんなら、いいことに違いない。
オイラはぼんやりアンナを見つめた。
アンナは戸惑ったようにオイラを見返してた。その瞳に、思わずすいこまれそうになる。
……アンナがカワイイとか、キレイだとか、スキだとか、浮かんだ感情そのままをアンナに伝えられたらどんなにいいかと思うが、そういう照れくさいのは、どうも勘弁なんだ。
最初に会った頃は、アンナにはあの力があって…それでオイラは言葉にしなくても気持ちがバレちまって、ある意味楽したと言えば楽をしたんだよな。それがいい意味か悪い意味かは判断しかねるんだが。
言っちまた方が楽になるのは分かってんだけどな。
でも…――。
まわりのゆっくりとした雰囲気のせいかもしれん。オイラの心はちょっと――いや、普段からすりゃだいぶ浮かれていて。思ったことに忠実に従って、行動してみた。
要するに、起きあがって、アンナの唇に自分のそれを合わせて、(アンナにとっては)不意打ちのキスをしてみたんだ。
すぐさま離れたら、唖然としたアンナの顔があった。
「…まぁ、こういうこと考えてたわけだ」
「……」
あきれた、という風に肩をすくめ、それでもちょっとだけ顔を赤くして、アンナはオイラを見た。
「たまにはいいだろ?」
「…まぁね」
少しは伝わっただろうか、オイラの心?
自信はないが、何となく、言葉じゃ足りん気もして。
もう少し触れていたいような、そうするのはくすぐたいような気でいて頭を掻いてたら、今度はアンナの方から軽くキスを返してくれた。
「たまには、ね」
そう言ってアンナは笑って――春の陽気もびっくりするくらいあったかく笑って、もう一度本に視線を落とした。
「うぇっへっへ〜」
自然にユルユルとした笑いが漏れて、オイラはもう一度ごろんと横になった。
ああ、春ってのはいい季節だなぁ。
今度は食べるもんも持ってきて、こうしてまったり花見がしたいもんだ。
「――あ、葉」
アンナが不意に思い出したようにオイラに声をかけた。
ほとんど眠りに入りかけていたオイラは、アンナの突然の声に目をあける。
「あんた、ここでスクワット50回ね」
「え…!?」
「修行の途中だったでしょ」
「うえー」
春だろうが何だろうが、いつも通りの厳しい言葉に、ホロリと涙がこぼれた。
「文句言ったから100回ね」
「うえー!?」
「200回」
「……」
口をつぐむのが無難だと思い、オイラは立ち上がってサンダルをひっかけ、おとなしくスクワットを始めた。
「アンナ…ほんとに200回……?」
「当たり前でしょ」
思わず「うえー」と言いそうになって、慌てて口を閉じた。これ以上増えたらたまらん。
春うららかな日、桜の木の下で、便所サンダル履いてスクワットしとるオイラって……。
しかも何かなぁ…アンナとはこの調子だし。甘い雰囲気になったのかならなかったのか……。まぁ許嫁ったって、実際ケッコンすんのなんてもっとずっと先のことだろうけどさ。
ひとりでそんなことを考え、勝手に赤くなって、でもアンナには運動してるせいだと思われたらしく、不審な目では見られなかった。
結局オイラの花見は、まったりなんだか何なんだか分からないものになってしまった。
まぁそんなのも、オイラたちらしいのかもしれん。
懺悔
ってわけで(どういうわけ?)、2万ヒット、ありがとうございます。
どういうわけかサイトを立ち上げ(笑)、なんとかここまでやってこれました。
春らしい小説に変え、一からスタートの気分で初期夫婦を書いてお礼の言葉にさせていただとうことして…
あああ、玉砕。(オイ)
こんなのですが、もしよろしければ持って帰ってやってくださいませ。
もっと甘々のが良かったかな〜(もう後悔/笑)