民宿炎〜ある冬の情景〜
〜scene1〜
その日は、雪が降っていた。
窓から見える景色は真っ白で、こんなに降ったのは久しぶりだと、父ちゃんが言っていたのを覚えてる。
その日、その寒い日に、オイラは熱を出した。
前の日に遅くまで遊んでたのが悪かった気はする。雪なんてめったに見ないから、ついつい遊んじまったんだ…。
とにかくその日、オイラは熱を出した。息が熱くて、やけに苦しかった。
「大丈夫か、花」
「うん…」
オイラは布団の中で縮まりながら、仕事の合間にオイラの様子を見に来た父ちゃんに小さく答えた。
実はあんまり大丈夫じゃねぇし、どっちかって言うとしんどいせいか心細いくらいだ。けど、繁盛してないなりに客が来てるこの民宿を放っておくわけにはいかねぇことくらい分かってるから、オイラはホントの気持を隠して「大丈夫だ」と言う。
父ちゃんにはお見通しな気はしたけど、オイラがそう言えば「行け」って意味だってのも分かるに違いない。
「――本当にしんどくなったら、我慢せんと言うんだぞ?」
父ちゃんはオイラの頭をガシガシッといじる。
「うん…」
気にかけてくれてるのは伝わってきて……オイラが父ちゃんに仕事に戻ってほしいのは事実で、だからそれだけでいいハズなのに、どこかに寂しい気持ちが残ってた。熱はあるのに身体以外のどっかが冷えた感じだ。
「ちゃんと寝てろよ?」
父ちゃんがふすまを閉める前に、少しおどけて笑顔をみせたのを布団の中から見送りながら、オイラは少しだけ涙が出そうになった。
でも仕方ない。珍しく客が来てるんだ、放っとけるわけない。
目頭が熱くなったのに気付かないふりをして、オイラは更に布団に潜り込んだ。
熱い息が余計にこもって、苦しかった。
〜scene2〜
――目が覚めた時に飛び込んできたのは、竜の暑苦しいヒゲ面だった。
「うわ…何だよ竜、びっくりさせんなよ…」
あんまりろれつのまわってない口調で言うと、
「そりゃねぇですぜ、ぼっちゃん」
と竜が苦笑する。
「父ちゃんと母ちゃんは……?」
「ふたりとも、まだ仕事の方に」
「そうか…」
まぁ、まだ窓から見える外は明るいし、当然だけどな。
そう思いながらも寂しくて、一日って長いなぁと嘆いてみたりする自分がいた。
「あれ、そういや何で竜がここに?」
「昼飯持ってきたんすよ。枕元に置いてあります」
ゴソゴソと体の向きを変えたら、確かに枕元に鍋がポツンと置かれている。
「食えますか?」
「いや…今はいい」
「そうスか」
ゆっくり眠って下せぇといって、竜はまた出ていった。
この際竜でもいいからそばにいてくれねぇかと思ったが、引き止める気は起こらなかった。父ちゃんと母ちゃんに甘えるのも何か恥ずかしいのに、竜に「ここにいてくれ」なんて言えるはずがない。
母ちゃん来てくんねぇのかな…。
やっぱ忙しいんだろうな……。普段はほとんどすることがないと言っとる父ちゃんですら、一回顔見せた以外はこの部屋に来てねぇし……母ちゃんはもっと忙しいんだろう。当然だ、母ちゃん目当てにここに来る客もいるくらいなんだから。
――あっ、そういやあの常連のオッサン今日は来てんのか!? あいつスキあらば母ちゃんにべたべた触ろうとするから油断できねぇんだよ…。父ちゃんに任せたら母ちゃんが余計な面倒抱えかねないし……。
そういう客からガードしようと、父ちゃんが必要以上に母ちゃんにつきまとう様子を思い出して、オイラは思わず笑いがこみ上げた。
父ちゃんが母ちゃんにべったりだと仕事もはかどらんし、何より客がムッとしちまうケースもある。なんと言ってもサービス業だから、客足が遠のくのだけは避けたい。
だからこそ子どものオイラが母ちゃんを守ってるんだ。オイラがつきまとっても、客だってそうそう悪い顔は出来ねぇし。(何より最初はまず、子持ちだという事実にショックを受けてる)
父ちゃんはちゃんとやってるんだろうか? 母ちゃんは??
考えたら顔が見に行きたくなって、でも身体がしんどくて起きあがるなんてできそうもなかった。
ああ…母ちゃん来てくれねぇかな…。
甘えたら絶対、「甘えてんじゃない!」って怒るだろうけど…それでいいから、そばにいて欲しいな……。
ぼんやりとそんなことを考えてると、オイラはまたいつの間にか寝ていた。
その時見た夢は、何だかやけに暗かった。
〜scene3〜
――次に目が覚めた時、もう部屋は暗くなっていた。
長い間眠っていたらしい。まだぼんやりしていた。
けど目の前の光景に、ぼやけたまで驚いていた。
「花…」
母ちゃんが、オイラを見下ろしていた。母ちゃん、と言いたかったけど、まだオイラは夢を見てるのと同じような状況だった。暗い部屋の中で目を開こうとするんだけど、イマイチ分からなくて…。
ただ母ちゃんが心配そうにオイラを覗きこんでいていて、その瞳には光ってるものがあった。
――泣いてる…?
母ちゃんはオイラのおでこにそっと触れた。冷たい手が気持ちよくて、思わずため息が出る。
「しんどい?」
うん、と言おうとしたけど、かすれたものがのどからひょろっと出ただけだった。
「――ごめんね……」
「…?」
「ごめん…」
――母ちゃん……?
オイラは何で謝られてるのか分からなくて、薄く目を開いたまま母ちゃんを見つめた。やっぱり、小さく泣いているみたいだった。
「……ゆっくり、寝てなさい」
母ちゃんは小さくそう言って、おでこの上に濡れた冷たいタオルを置いてくれた。
ありがとう、という言葉も出てこないまま……オイラはその冷たさに引き込まれた。何か妙に落ち着いて、でもその一方で母ちゃんを泣かせちまったことがすげぇ悔しかった。
――何がなんでも、絶対に、この熱を下げてやる。…ごめん母ちゃん、オイラ絶対、元気になるから――。
タオルの冷たさに導かれるままに眠りに落ちる前、オイラは頭のどこかでそんなことを考えていた。
〜scene4〜
――チュンチュン、なんていういかにも朝な音でオイラはふいに目が覚めた。
目をつぶっていてもぼんやり明るいのはわかって、一度きゅっと眉をしかめてから目を開けると、意外にすっきりした。ただ寝巻きの浴衣が汗で気持ち悪いことになってた。
「お? 起こしちまったか、花」
「父ちゃん…何でここに…?」
「んあ?」
ぼんやり尋ねるオイラに、布団を片づけてた父ちゃんが、一瞬言葉の意味を考えたあと答えた。
「ああ、ここ、父ちゃんたちの部屋だぞ。夜中にお前を運んできたんよ。そばにいたほうが安心だからな」
…全然気付かなかった…。
夜中に父ちゃんが運んでくれたのか。見た目と違って意外に力があることはオイラも知ってるけど。
「おはよ。熱はどうだ?」
父ちゃんが近付いてきて、オイラの熱を計る。「…ん、大丈夫そうだな」
「うん。でも浴衣が気持ちわりィ…」
「おお、そりゃまずいな、着替えんと」
「あと腹が減った」
「おお、そりゃそうだな」
ふたりで話してたら、ふすまが開いて母ちゃんが部屋に入ってきた。
「あら、もう目が覚めたの?」
「おお…でも浴衣がぬれちまってるんよ。着替えささんと」
「夜中に一回着替えさせたのに……」
母ちゃんはふぅとため息をついた。
何か、寝てる間に父ちゃんと母ちゃんは色々世話してくれてたらしい。オイラは心の中で驚いていた。
「花、着替えられるか?」
「え、ああ、うん」
そりゃそれくらいできる。オイラは父ちゃんから浴衣を受け取って、タオルで汗を拭いてくれる母ちゃんの横顔を眺めた。
――昨日の涙は、夢だったのか?
平然とした顔で……つうかむしろ面倒くさそうな顔でオイラの身体を拭いてくれる母ちゃんを見て、思わずそんな風に考える。
けど母ちゃんの涙なんてそれ以前に見た記憶ないし(……たぶん)、夢見たならそれはそれで不思議だ。
首をひねってると、父ちゃんがオイラにニコニコ笑いながら話しかけてきた。
「お前、昨日は39度も熱出してさ。アンナなんか、オイラが「大丈夫だ」つうとんのに死んだらどうするんだって言って怒るんよ」
「葉…!」
ギロリと母ちゃんが睨み、父ちゃんは多少汗を流しながらもユルく笑った。
「ほんとのことだろ」
「……」
否定できないらしく、母ちゃんはむっつり黙り込んだ。――やっぱり、昨日のは夢じゃなかったのか? 確信は持てないけど……。たぶん、そうなんだろう。
でもやっぱり、母ちゃんが泣いて、そんでもってあやまっていた理由は分からなかった。
「――はい、あとは勝手に着替えなさい」
「…うん」
浴衣を羽織りながら、オイラから離れていく母ちゃんの顔を見る。何で泣いてたのか、なんて、何かばつが悪くて聞けなかった。
悪い事をしたような気がしてたんだと思う。理由は分からないけど…――。
ふすまがパタリ、と閉じたあと、父ちゃんが言った。
「アンナのやつ、何でもないフリしてるけど本当にお前のこと心配してたんよ」
「……」
「元気になって良かったな、花」
「…父ちゃん」
「ん?」
「オイラ、強くなるからな」
「……」
父ちゃんは少し驚いた風に眉を上げたけど、すぐに笑って、
「おお」
と、短く言った。
そしてまた髪をグシャグシャッといじられる。
「やめろよー」
「ウェッヘッヘ、まぁ頑張れ、うん」
「ちぇっ」
父ちゃんを睨んだら、ユルイ笑いしか返ってこなかった。
「絶対、母ちゃんを泣かせないように強くなって、そんで守るんだからな!」
「おお、頑張ってくれ。そしたらオイラはアンナを可愛がることに専念するから」
「何だよそれ!?」
ギャーギャーわめいてたら、下から「うるさいっ!」という母ちゃんの怒声が聞こえてきた。ふたりともビクッと身を縮めて、全身を恐怖が駆けめぐってから抜け出て行くのを待つ。
「……まず、母ちゃんに負担かけんようにせんとな」
「うん……」
二人で顔を見合わせて、神妙な顔で肯く。
「あんたたち、手が空いてるなら手伝いなさい!」
「うぃっ!」
その声と同時に、オイラと父ちゃんは慌てて部屋を出た。
まだ庭に残ってる雪を集めて、あとで父ちゃんに投げつけてやろうかな、と考えながら。
懺悔。
母親の涙っつうのは、些細なものでもショッキングなんですよね。
っていう話が書きたかったんです。(え)
親って泣かないものだと思いこんでるからさ。
アンナは心配なのと、あと仕事ととの関連で、構ってやれないのが歯がゆかったのではないかと…
(いや、アンナなら仕事をほっぽってくれる気もしますが、それはそれとして。/笑)
こういう時、男親(葉)ってのほほんとしてそうなんですよね〜。
いや、父親として心配しつつもどっしり構えてて下さったら結構ですが。
(どっしりっちゅーか、ゆるゆるですけども。)
にしても、花くんの視点は難しいです…。
謝意。
え、えと、これは10000HITのキリリクをして下さったゆのか様に捧げさせていただきます。
遅くなってすみません……!
ど、どうしよう、これは冬の話なのか?と首をかしげたくなるんですけど…
こんなので良ければどうぞ受けとってやって下さいませ……!
もう少し親子3人が話してるシーンがあった方が良かったのですが……。
最後の方のみに。
しかもさりげなく旦那がセクハラ発言(「アンナを可愛がる」云々)してるんですが、よろしいでしょうか?(笑)
かなりリク内容に沿ってない気がして申し訳ないです…。
こんなやつですが、これからもどうぞお願いしますv(え?)
リクエストありがとうございました〜!