差し出す花一輪

 「花、カーネーション買ってきて」
「…!?」
 5月12日、唐突に母からそう頼まれた花は目を丸くした。
 「母ちゃん…一応言っとくと、ははの日はあさっての日曜なんだぞ」
 まだ早くないのかという意味で…しかもプレゼントをそんな命令口調でせがむのもどうなんだと思わないでもなかったので、花は恐る恐る進言する。案の定、ギロリと睨まれた。
 「文句、あるわけ?」
「…いえ、ありません」
 軽く涙をこぼしながら花は貯金箱を取りに部屋へ戻ろうとした。
 「あ、花」
 母がうしろから呼び止め、花はくるりと振り返った。
 「250円、カンパしてあげる」
 …セコい。
 「その代わり、もうひとつ注文聞いてちょうだい」
 250円で代わりを要求すんのかよ、と花は内心思ったが黙っておいた。

 「変なおつかい頼まれたなぁ」
 HEIYUの花屋の前で、花は呟いた。母の日用の赤いカーネーションはたくさん並んでいる。一番綺麗なのはどれか吟味して、一束掴んだ。母に頼まれたのはそれと一緒に、店頭では目につきにくい…。
 「すみません、白いカーネーションってありますか?」
「白? 待ってね、用意するから」
「これとあわせて500円で…」
 差し出した赤いカーネーションの花束を崩さなくてはならないが、面倒な注文にも店員のお姉さんは微笑み、母の日コーナーとは別のガラスのショーウィンドーから白いカーネーションを出してきた。
 花は、母はなぜわざわざ白のカーネーションが欲しいと言ったのだろうかと考えていた。
 そしてなぜ、母の日に二日も早い今日なのだろうか。
 幼いながらに不思議で、花は右手に握る母の250円と、左手に握る自分の250円を見比べた。
 「はい、これでいいかな?」
 お姉さんが渡してくれた赤と白を混ぜあわせたカーネーションの花束は、とても綺麗だった。
 「ありがとな!」
 にっこり笑うとお姉さんも笑い返した。
 花束を持って店を出ようとしたときに、ふと目に飛び込んできたものがあった。さっきは気づかなかったそれを、花はじっと見つめる。
 「一本あげましょうか?」
 花の視線に気付いた店員が、声をかける。
 「いいのか?」
 かくして花は、花束と一輪の花を手にして炎に帰ってきた。

 「母ちゃん、買ってきたぞ」
 花が抱えた赤と白のカーネーションの花束を見て、たまおは綺麗だと思った。小さな子どもが一人で買いに行った花束だ、それはとても美しい。
 「ありがとう」
 たまおがそう言うと、花は嬉しそうに笑った。
 その笑顔は、たまおの慕うふたりともに似ているように感じた。
 今日は、そんな彼の父親の誕生日だった。赤と白のカーネーションはその父親と、そして本当の母親への、花と自分からの贈り物のつもりだった。
 …自己満足かもしれない。けれど離れていても、この親子には何か繋がりが…たとえ細くて見えないほどの繋がりで、自分以外きっと誰にも気付かれないようなものでも、なくてはならない気がしていた。そしてそれができるのは自分だけだと。
 この花束は縁側にでも飾ろうか。花の美しさに、たまおは口許をほころばせた。
 「じゃ、手を洗ってきなさい」
 たまおがそう言うと、花はうしろにまわしていた手を前にやりもう一本、花を取り出した。
 「これも、店のねーちゃんがくれたんだ。母ちゃんの髪と一緒だろ?」
 差し出された、淡いピンクのカーネーションに、たったそれだけに、たまおは心臓を撃たれたような錯覚を覚えた。
 「…っ」
「これも、プレゼントな」
 花は笑って、たまおに差し出した。
 「んじゃ、手洗ってくる」
 花はそう言って靴を脱ぎ捨て、洗面所へ駆けていった。
 「花…」
 たまおは花束と一輪の花を胸に抱え、込み上げるものをこらえようとした。
 赤と白と、ピンクの花びらが、たまおの頬をくすぐる。
 この花一輪は、何の裏表もない、子どもの純粋な母を想う心だった。たまおは申し訳ないような喜びに、ツンとした鼻の奥の痛みを感じた。
 とても懐かしいものだった。花の香りに乗って、ふいに、泣き虫だった昔を思い出していた。









懺悔


なにも旦那の誕生日話にこんなもん書かんでも…と自分でも思います。(苦笑)
花坊はなにかに気づいてるかもしれない、気づいてないかもしれない…が好みです。